締め切りまであと5日の学会抄録。日中は臨床でびっしり、下書きは白紙のまま——そんな夜、ChatGPTに症例の経過を貼り付けて「抄録にまとめて」と打ち込みたい誘惑に駆られたことはないでしょうか。あるいは逆に、「AIで書いた抄録がバレたら研究不正になるのでは」と怖くなり、結局一文字も使えずにいる人もいるはずです。実はこのどちらも、ルールを知らないことによる両極端です。貼り付けた瞬間に患者の個人情報がどこへ行くのかを考えていない前者も、「AI利用=不正」と思い込んでいる後者も、国際的なルールが実際に何を求めているかを確認していません。
結論から言えば、国際医学雑誌編集者委員会(ICMJE)をはじめとする学術出版の主要ルールは、生成AIの利用を禁止していません。禁止しているのは「AIを著者にすること」と「開示せずに使うこと」、そして無条件に禁じられるべきは「患者情報の安易な入力」と「事実・文献の捏造の見逃し」です。この記事では、症例報告・学会抄録に生成AIを使いたいセラピスト(PT・OT・ST・柔道整復師・鍼灸師)に向けて、①ICMJEと主要ジャーナルのAI利用ポリシー、②使ってよい工程・だめな工程の線引き、③根拠となる実在論文6本のレビュー、④個人情報を守る実践プロンプト、⑤倫理と著作権の注意、の順に整理します。症例報告そのものの書き方(CAREガイドライン・構成・同意取得)は症例報告の書き方の記事で詳述しているので、本記事は「AIをどう組み込むか」に集中します。
どこまで使ってよいか——ICMJEと主要ジャーナルのルールを原文で確認する
まず一次情報から確認します。ICMJE(International Committee of Medical Journal Editors)の統一投稿規程(ICMJE Recommendations)は、医学雑誌の投稿ルールの世界標準で、日本のリハビリテーション系学会誌の多くも進拠しています。その「著者と貢献者の役割」の章に、AI支援技術(大規模言語モデル・チャットボット・画像生成)の節が置かれています(2026年9月時点の原文をicmje.orgで確認)。要点は4つです。
原則1:使用の開示。 投稿時に、AI支援技術を使ったかどうかを開示することをジャーナルは求めるべきであり、著者はカバーレターと論文の適切な箇所に「どう使ったか」を記載します。執筆支援なら謝辞(acknowledgment)に、データ収集・解析・図の生成に使ったなら方法(methods)に書く、と使用箇所まで指定されています。
原則2:AIは著者になれない。 ChatGPTのようなチャットボットを著者として記載してはいけません。理由は明快で、著者資格には「正確性・完全性・独創性への責任」が必須であり、AIはその責任を負えないからです。AIを引用文献の著者として挙げることも不可とされています。
原則3:人間がすべての責任を負う。 AI支援技術を使った投稿物の責任は人間にあります。ICMJEは、AIは「権威がありそうに聞こえるが、誤り・不完全・偏りを含みうる出力」を生むため、著者は結果を注意深くレビューし編集すべきだと明記しています。
原則4:盗用と引用の保証。 AIが生成したテキスト・画像を含め、論文に盗用がないことを著者が主張できなければならず、引用すべき素材には完全な出典を付ける責任も人間側にあります。
このICMJEの枠組みは、JAMA(米国医師会雑誌)が2023年1月にいち早く打ち出した編集方針(後述のFlanaginらの論説)とほぼ同じ構造です。JAMA系列誌の投稿規程も「AIを著者・共著者にしない」「AIが生成した内容や支援を受けた箇所を明記する」ことを要求しました。Nature誌やScience誌、Elsevier・Springer Natureなどの大手出版社も2023年以降、細部の違いはあれ「著者資格の否定+使用の開示」という同じ骨格のポリシーに収斂しています。学会抄録は雑誌投稿ほど明文化が進んでいない場合もありますが、投稿先の抄録規程・演題登録画面のAI利用に関する記載を確認し、記載がなければ雑誌基準(開示+責任)に合わせておくのが安全です。
使ってよい工程・だめな工程——執筆プロセスを分解する
ルールの骨格が分かれば、次は実務です。症例報告・抄録の執筆プロセスを工程に分解し、AIに任せてよい場所と任せてはいけない場所を色分けします。
使ってよい工程(緑)は、内容の正しさを自分が完全に検証できる支援作業です。構成案(アウトライン)の壁打ち、CAREガイドライン等のチェックリストとの突き合わせ、自分が書いた文章の推敲・冗長表現の削減、文字数調整(抄録の800字制限への圧縮など)、英文抄録の下訳と文法チェック、査読コメントへの返信文のトーン調整。これらはAIの出力がおかしければ自分で気づける工程であり、後述するエビデンスでも支援効果が示唆されている領域です。
注意して使う工程(黄)は、出力の検証に専門的努力が要る作業です。先行文献の探索補助(必ずPubMed等の一次データベースで実在と内容を確認する)、考察の論点出し(もっともらしい誤りが混ざる前提で扱う)、統計・評価指標の解釈の確認(教科書・原典と突き合わせる)。ここはAIを「調べるきっかけ」に使い、根拠は必ず一次情報で取り直すのが原則です。後述のBhattacharyyaらの研究が示すとおり、AIが挙げる参考文献はそのままでは使いものになりません。
使ってはいけない工程(赤)は3つあります。第1に、患者を特定しうる情報の入力。氏名・生年月日はもちろん、稀な疾患名×年齢×地域の組み合わせのような「組み合わせで特定できる情報」も、外部AIサービスに入れるべきではありません。第2に、存在しないデータ・経過・文献の生成。書けていない測定値をAIに「それらしく」埋めさせることは捏造そのものです。第3に、検証なしの丸投げ生成。症例の解釈・結論をAIに書かせてそのまま提出することは、ICMJEの責任原則に反するだけでなく、後述のGaoらが示した「もっともらしいが完全に作られたデータ」を世に出す危険を伴います。
この線引きの本質は単純で、「事実を知っているのは自分だけ、形を整えるのはAIが得意」という分業です。事実の供給源を常に人間側に置く限り、AIは症例報告の強力な補助輪になります。生成AIの臨床業務全般への使い方はChatGPT・生成AI実務ガイドも参照してください。
論文の選び方——選定基準の明示
本記事の6本は次の基準で選びました。①PubMed(E-utilities API)で書誌情報とアブストラクトを取得し、記事中の数値を原文アブストラクトと照合できた実在論文であること。②生成AIと学術執筆というテーマの性質上、ChatGPT登場(2022年11月)以降の直近の文献に限定し、全6本が2023年以降であること。③システマティックレビュー(Sallam 2023)と定量評価研究(Gao・Bhattacharyya・Tang・Liang)を優先しつつ、実務の前提となる編集方針論説(Flanagin 2023)を1本含めたこと。④「執筆支援の可能性」「捏造の危険」「検出の限界」「公平性」という論点をバランスよくカバーすること。各論文には「研究の限界」を必ず1文添えます。
エビデンスレビュー——実在論文6本を1本ずつ読む
論文1:Flanagin et al. 2023(JAMA)——「AIは著者になれない」を最初に明文化した編集方針
何を述べたか。 JAMA編集部(筆頭は編集主幹Flanagin、編集長Bibbins-Domingoら)が2023年2月に発表した論説で、ChatGPT等の「非人間の著者」が学術出版の信頼性に与える影響を論じ、JAMAネットワークとしての編集方針を提示しました。AI・言語モデル・機械学習を著者に挙げないこと、使用した場合は原稿中に使用箇所と方法を記載すること、生成された内容の正確性と盗用の不在に人間の著者が責任を持つこと——現在のICMJEルールの原型がここにあります。
臨床でどう使うか。 症例報告の投稿先を選ぶとき、この論説とICMJE規程を「基準の物差し」にできます。投稿規程にAI条項がない国内学会誌でも、この枠組み(著者にしない・開示する・責任は人間)に沿っておけば国際標準を満たせます。抄録の共著者欄に「ChatGPT」と書くような誤りは論外として、謝辞や方法欄への開示文の書き方のモデルにもなります。
研究の限界。 これはデータに基づく実証研究ではなく一出版グループの編集方針論説であり、ポリシーの妥当性や遵守状況を検証したものではありません。
論文2:Gao et al. 2023(npj Digital Medicine)——AI生成抄録は人間の査読者を32%すり抜けた
何を調べたか。 高インパクトファクター医学誌5誌の実在論文50本の抄録を集め、タイトルと誌名だけをChatGPTに与えて抄録を生成させ、①AI出力検出器、②盗用検出器、③ブラインドの人間査読者がどこまで見分けられるかを検証しました。
何が分かったか。 AI検出器(GPT-2 Output Detector)は生成抄録に中央値99.98%の「fake」スコアを付け(オリジナルは0.02%)、AUROCは0.94と高性能でした。盗用検出器では生成抄録はむしろ「独自性が高い」と判定されました(既存文章のコピーではないため)。そして人間のブラインド査読者は、生成抄録の68%しか正しく見抜けず(32%を見逃し)、逆に本物の抄録の14%を「AI生成」と誤判定しました。査読者は「見分けるのは驚くほど difficult で、怪しい抄録は曖昧で紋切り型だった」と述べています。重要なのは、生成抄録の数値データは完全に作られたものだったことです。
臨床でどう使うか。 この研究は2つの教訓を与えます。第1に、AIが書く医学文章は専門家でも見分けにくい水準に達しており、「読めば分かるだろう」という性善説は通用しないこと。第2に、だからこそ形式の流暢さと内容の正しさはまったく別物であり、自分がAI出力を使う側に立つときは、流暢さに安心せず全数値・全事実を自分の症例データと突き合わせる必要があることです。抄録の「それらしさ」は品質保証にならない——これは自分の目のチェックリストを変える知見です。
研究の限界。 2022年末時点のChatGPT(GPT-3.5相当)にタイトルのみを与えた人工的な設定であり、人間が事実を供給し推敲した現実的なAI併用文章の検出可能性や、現行モデルへの一般化は検証されていません。
論文3:Bhattacharyya et al. 2023(Cureus)——AIが挙げた参考文献の93%に誤り、47%は実在しない
何を調べたか。 ChatGPT-3.5に標準化プロンプトで医学短報30本を生成させ、含まれた参考文献115件の実在性と正確性を、Medline・Google Scholar・DOAJで全数検証しました。
何が分かったか。 生成された文献のうち47%は完全な捏造、46%は実在するが書誌情報が不正確で、実在かつ正確なものは7%だけでした。誤り箇所はPMID(93%の論文で誤り)、巻数(64%)、ページ番号(64%)、発行年(60%)の順に多く、1文献あたり平均4.3±2.8箇所(7要素中)が間違っていました。プロンプトを変えても捏造率は有意に変動したものの、正確な文献の割合は一貫して低いままでした。
臨床でどう使うか。 「参考文献はAIに聞かない」を数字で刻み込む論文です。症例報告の考察で先行研究を引くときは、AIには「この症例に関連しそうな研究テーマ・検索語の候補」を出させるところまでにとどめ、文献そのものはPubMedで検索し、アブストラクトを自分で読み、書誌情報はデータベースからコピーする——この手順を固定化してください。本記事の出典欄がPubMed照合を明記しているのも、同じ原則の実践です。なお検索連動型のAIツールは捏造率が下がる傾向にありますが、「一次データベースで確認」の原則を置き換えるものではありません。
研究の限界。 GPT-3.5・30論文・115文献という小規模な検証であり、検索機能を持つ現行のAIツールの引用精度をそのまま代表するものではありません。
論文4:Tang et al. 2023(npj Digital Medicine)——医学エビデンスの要約でAIは「事実と違うこと」を自信満々に書く
何を調べたか。 GPT-3.5とChatGPTに6つの臨床領域の医学エビデンス(コクランレビュー等)をゼロショットで要約させ、自動評価と人手評価の両面から要約品質を体系的に検証し、医学要約に特有のエラー類型を定義しました。
何が分かったか。 自動評価指標は人間が判定した要約品質とあまり相関しませんでした。人手評価からは、LLMが事実と矛盾する要約を生成しうること、過度に断定的な(または過度に不確実な)表現に変換してしまうこと、長い文脈では重要情報の特定に失敗しやすくなることが明らかになり、誤情報による潜在的害が指摘されました。
臨床でどう使うか。 症例報告の考察では先行研究の要約が必須ですが、この研究は「要約をAIに任せたときに何が歪むか」の類型を教えてくれます。特に危険なのは断定度の改変です。原著が「〜の可能性が示唆された」と書いたものを「〜が示された」と要約されると、考察の論理全体が過大評価の上に建ってしまいます。AI要約を使う場合は、効果の大きさ・対象集団・断定度の3点を原文アブストラクトで必ず確認する——AI時代の文献の読み方はAIとセラピストの関わり方の記事で述べた批判的読解の延長線上にあります。
研究の限界。 評価は特定の要約タスク(コクランレビュー等のゼロショット要約)と2023年時点のモデルに限られ、プロンプト工夫や人間の検証を組み合わせた実務的な使用条件での品質は測定されていません。
論文5:Liang et al. 2023(Patterns)——AI検出器は英語非ネイティブの文章を誤って「AI産」と判定する
何を調べたか。 複数のGPT検出器に、英語ネイティブの文章と非ネイティブ(TOEFL受験者等)の文章を判定させ、検出器のバイアスを検証した研究です。
何が分かったか。 GPT検出器は非ネイティブ英語話者の書いた本物の文章を、頻繁に「AI生成」と誤分類しました。著者らは、評価・教育の場面で非ネイティブ話者が周縁化される危険を指摘し、検出器の公平性と頑健性の改善を求めています。
臨床でどう使うか。 日本人セラピストが英文抄録を投稿する場面に直結する知見です。第1に、自分の正当な英文が検出器で「AI産」と疑われる可能性がある以上、使用開示を正しく行い、執筆過程の記録(下書き・修正履歴)を残しておくことが自衛になります。第2に、逆の立場——査読や教育でAI検出器の判定を証拠として使うことの危うさも教えてくれます。検出器スコアは参考情報であって、不正認定の根拠に単独で使える精度も公平性もない、というのが現在の科学的評価です。
研究の限界。 検証対象の検出器と文章サンプル(TOEFLエッセイ等)が限られており、医学論文・抄録そのものでの誤判定率を直接測ったものではありません。
論文6:Sallam 2023(Healthcare)——利益と懸念を60文献から棚卸ししたシステマティックレビュー
何を調べたか。 ChatGPTの医療教育・研究・実践への応用を扱った60文献を系統的に検索・整理したシステマティックレビューです(PRISMA進拠)。
何が分かったか。 85%の文献が利益を挙げ、科学的執筆の改善・研究の公平性への寄与・文献レビューや時間節約の効用などが含まれました。一方で96.7%の文献が懸念を挙げており、倫理・著作権・透明性・法的問題、バイアス、盗用、独創性の欠如、幻覚(hallucination)による不正確な内容、不正確な引用、といった項目が並びます。著者は「ICMJEやCOPEのガイドラインが改訂されない限り、ChatGPTは論文の著者にはなり得ない」と結論し、責任ある利用のための倫理綱領の必要性を訴えました。
臨床でどう使うか。 賛否の全体地図として使える1本です。院内の抄読会や研究倫理の勉強会で「AI執筆支援の是非」を議論する際、利益側・懸念側の論点リストとしてそのまま配布資料の骨格になります。重要なのは、利益と懸念が「85% vs 96.7%」とほぼ全文献で両論併記だったこと。つまり専門家コミュニティの結論は「使うな」でも「自由に使え」でもなく、「懸念に対処しながら使え」です。本記事の工程別の線引きは、この両論を実務に翻訳したものです。
研究の限界。 ChatGPT登場直後(2023年3月まで)の文献をプレプリント込みで急速に集めたレビューであり、含まれる研究の質は玉石混交で定量統合もされていません。
実践プロンプト例——個人情報保護の3原則とともに
工程の線引きを、実際のプロンプトに落とします。前提として個人情報保護の3原則を必ず守ってください。①入れない:氏名・生年月日・受診日・施設名・地域名・職業など特定につながる情報は入力しない(年齢は「70代」、時期は「X日」「X+2週」のように相対化する)。②確かめる:使用するAIサービスの入力データの扱い(学習への利用有無・保存場所)と、所属施設の生成AI利用規程を確認する。③消す:稀な疾患・特徴的な経過は組み合わせだけで特定されうるため、報告に不要な特徴は抽象化する。この3原則は、症例報告本体の同意取得・匿名化の作法(症例報告の書き方参照)のAI版です。
プロンプト例1(構成の壁打ち・使ってよい工程)。「理学療法の症例報告をCAREガイドラインに沿って構成したい。症例は70代・脳卒中後の歩行障害で、装具変更とトレッドミル訓練により歩行速度が改善した経過(個人情報は含めていない)。①タイトル案3つ、②見出し構成、③各節に書くべき要素のチェックリストを提案して。診断や効果の断定はしないこと。」——事実の中身は渡さず、器だけを作らせる使い方です。
プロンプト例2(推敲・使ってよい工程)。「以下は自分で書いた学会抄録の考察部分。事実や数値は変えずに、①冗長な表現の削減、②論理の飛躍の指摘、③800字への圧縮案を出して。変更箇所には理由を付けること。」——「事実や数値は変えない」という制約を明示するのがコツです。それでも数値が書き換わることはあるため、提出前に元データと数値を全数照合します。
プロンプト例3(文献探索の入口・注意して使う工程)。「脳卒中後の歩行再建における課題指向型訓練について、検索すべきキーワードの組み合わせ(英語)と、探すべき研究デザインの優先順位を提案して。具体的な論文名は挙げなくてよい。」——あえて論文名を出させないのがポイントです。Bhattacharyyaらの結果を踏まえれば、AIに文献リストを作らせるより、検索戦略を作らせてPubMedで自分が引くほうが速くて確実です。
仕上げの開示文はシンプルで構いません。例:「本抄録の作成にあたり、文章の推敲と構成の検討に生成AI(ツール名・バージョン)を使用した。内容の正確性は著者らが確認し、全責任を負う。」——謝辞または方法欄に、投稿先の規程に従って記載します。
倫理・著作権の注意——「バレるか」ではなく「責任を果たせるか」
最後に、工程の線引きの外側にある構造的な論点を押さえます。
著者性と貢献の実質。 AIをどれだけ使っても、著者資格の4条件(構想・データ・執筆または重要な改訂・最終承認・すべての責任)を満たすのは人間だけです。逆に言えば、AIに頼りすぎて「自分の知的貢献」が説明できなくなった原稿は、開示の有無以前に著者性が揺らぎます。症例の観察・解釈・臨床判断という中核の貢献を自分の言葉で語れることが、AI時代の著者の条件です。
著作権と盗用。 AI出力は学習データ由来の表現を含む可能性があり、盗用がないことの保証責任は著者にあります。生成文をそのまま使わず自分の文体に書き直す、投稿前に類似度チェックを通す、といった防衛が現実的です。また、日本の著作権法上AI生成物の権利の扱いには不確定な部分が残っており、図表の生成利用は特に投稿先の規程確認が必要です。
患者の権利。 症例報告の主役は患者です。外部AIへの症例情報入力は、匿名化されていても「第三者提供・目的外利用」の観点から施設の規程・倫理委員会の判断を仰ぐべき場面があります。患者同意書に「執筆支援ツールの利用」まで含める運用は、これからのスタンダードになっていくと考えられます。
検出と信頼。 GaoらとLiangらの研究が示すとおり、「AIで書いたか」を事後に完全判定する技術は存在せず、検出器には公平性の問題もあります。だからこそ制度は「検出」ではなく「開示と責任」で設計されており、個人の側も「バレないか」ではなく「開示して恥じない使い方か」を判断基準にするのが、最も合理的な自衛策になります。
限界と注意点——この知見で「言えないこと」
- 本記事の6本に、リハビリ領域の症例報告執筆でAI支援の効果を検証した研究は含まれません。 執筆時間の短縮や採択率への影響を測った介入研究はまだ乏しく、「AIを使えば良い症例報告が書ける」とは言えません。
- 検証されたモデルは主に2023年時点のGPT-3.5/ChatGPTです。 現行モデルでは捏造率・要約品質が変化している可能性がありますが、それを確かめた同等の検証が揃うまでは「全出力を検証する」原則を緩める根拠はありません。
- ポリシーは動き続けています。 ICMJE規程・各誌の投稿規程・国内学会の抄録規程は改訂が続いており、本記事の記載(2026年9月時点の原文確認)が投稿時点でも最新とは限りません。投稿直前に必ず投稿先の規程を確認してください。
- 日本語の学術文章での検証は不足しています。 本記事で引いた定量研究はすべて英語文章での検証であり、日本語の抄録執筆支援・検出の精度は同じとは限りません。
- 組織の規程が最優先です。 本記事の線引きは国際ルールに基づく一般論であり、所属施設・投稿先がより厳しい規程(AI利用の全面禁止を含む)を定めていれば、そちらに従う必要があります。
まとめと「明日からの3ステップ」
要点を4つに圧縮します。第1に、国際ルールは「禁止」ではなく「AIを著者にしない・開示する・人間が全責任を負う」で確立しています(ICMJE・Flanagin 2023)。第2に、AIの医学文章は専門家でも見分けにくい一方(Gao 2023:査読者の見逃し32%)、参考文献の捏造・要約の歪みという固有の故障モードを持ちます(Bhattacharyya 2023:正確な文献は7%のみ、Tang 2023)。第3に、AI検出器は決定打にならず、非ネイティブに不利なバイアスもあるため(Liang 2023)、制度も個人も「開示と責任」を軸に行動すべきです。第4に、専門家コミュニティの総意は「懸念に対処しながら使う」であり(Sallam 2023)、工程の線引き——形はAI、事実は人間、患者情報は入れない——がその実務形です。
明日からの3ステップを提案します。
- 投稿先の規程を10分で確認する。 次に出す予定の学会・雑誌の投稿規程からAI利用条項を探し、開示の書式(謝辞か方法か)をメモしておく。条項がなければICMJE基準(開示+著者にしない+責任)を自分のデフォルトにする。
- 「使ってよい工程」から1つ試す。 手元の書きかけ抄録で、構成の壁打ちか800字圧縮をAIに依頼してみる。その際、患者情報を入れない・数値を全数照合する、の2点だけは最初から習慣にする。
- 文献ワークフローを固定する。 「AIには検索語と論点だけ出させる→PubMedで自分が検索→アブストラクトを読む→書誌情報はデータベースからコピー」という順序を、テンプレートとしてメモ帳に貼っておく。捏造文献事故は、この順序だけでほぼ完全に防げます。
よくある質問
学会抄録に「AIを使った」と書いたら不利になりませんか
開示を理由に不利に扱わないことが国際的な原則になりつつあり、むしろ無開示での使用が発覚した場合のダメージのほうがはるかに大きいのが現状です。ICMJEの枠組みでは開示は「正直さの証明」であって自白ではありません。抄録に開示欄がない学会も多いですが、その場合は共著者間で使用範囲を共有し記録を残しておけば、照会があったときに堂々と説明できます。判断に迷うほど深くAIに書かせてしまったと感じるなら、それは開示の書き方の問題ではなく、工程の線引き(事実と解釈を自分で書いたか)を見直すサインです。
患者情報を完全に匿名化すれば、ChatGPTに経過を貼り付けてもよいですか
「完全な匿名化」の判定は自分が思うより難しい、というのが答えです。氏名や日付を消しても、稀な疾患・特徴的な職業・地域性のある施設名・独特な経過の組み合わせは個人の特定につながりえます(モザイク効果)。また匿名化の質とは別に、施設の情報管理規程が外部サービスへの症例情報入力自体を禁じている場合があります。実務的には、①相対化・抽象化した最小限の情報だけを使う、②施設の生成AI規程を確認する、③迷うケースは倫理委員会・個人情報管理者に相談する、の3段構えを推奨します。入力しない工夫(構成や推敲だけを頼む使い方)で目的の大半は達成できます。
AI検出器で「AI生成の疑い」と判定されました。どうすればよいですか
まず、検出器の判定は単独では証拠になりません。Gaoらの研究では検出器のAUROCは0.94と高性能でしたが、それでも誤判定はあり、Liangらは非ネイティブ英語話者の本物の文章が系統的に誤判定されることを示しました。英語で書く日本人研究者はまさにこのバイアスの影響を受けやすい立場です。対応としては、①執筆過程の記録(下書きの版・修正履歴・参考にしたメモ)を提示する、②AIを使った工程と使っていない工程を具体的に説明する、③使用していたなら開示が漏れていたことを率直に認めて訂正する、が基本線です。日頃から版管理された環境(クラウド文書など)で書くことが、最も簡単な予防策になります。
出典(すべてPubMed E-utilities APIで書誌・抄録を取得し数値を照合済み。ICMJE規程はicmje.org原文を確認)
- Flanagin A, Bibbins-Domingo K, Berkwits M, Christiansen SL. Nonhuman "Authors" and Implications for the Integrity of Scientific Publication and Medical Knowledge. JAMA. 2023;329(8):637-639. DOI: 10.1001/jama.2023.1344(PubMed: 36719674)
- Gao CA, Howard FM, Markov NS, et al. Comparing scientific abstracts generated by ChatGPT to real abstracts with detectors and blinded human reviewers. npj Digital Medicine. 2023;6(1):75. DOI: 10.1038/s41746-023-00819-6(PubMed: 37100871)
- Bhattacharyya M, Miller VM, Bhattacharyya D, Miller LE. High Rates of Fabricated and Inaccurate References in ChatGPT-Generated Medical Content. Cureus. 2023;15(5):e39238. DOI: 10.7759/cureus.39238(PubMed: 37337480)
- Tang L, Sun Z, Idnay B, et al. Evaluating large language models on medical evidence summarization. npj Digital Medicine. 2023;6(1):158. DOI: 10.1038/s41746-023-00896-7(PubMed: 37620423)
- Liang W, Yuksekgonul M, Mao Y, Wu E, Zou J. GPT detectors are biased against non-native English writers. Patterns. 2023;4(7):100779. DOI: 10.1016/j.patter.2023.100779(PubMed: 37521038)
- Sallam M. ChatGPT Utility in Healthcare Education, Research, and Practice: Systematic Review on the Promising Perspectives and Valid Concerns. Healthcare (Basel). 2023;11(6):887. DOI: 10.3390/healthcare11060887(PubMed: 36981544)
参考(一次規程):ICMJE Recommendations「Defining the Role of Authors and Contributors — Artificial Intelligence (AI)-Assisted Technology」(icmje.org、2026年9月閲覧)
※本記事は医療従事者向けの教育・情報提供を目的としたものです。AI利用の可否・開示方法は投稿先の規程と所属施設のルールが優先されます。投稿前に必ず最新の規程を確認してください。
