「話しているだけでカルテができる」——この売り文句を、2026年に入ってから何度も目にした方は多いと思います。実際、海外ではもう珍しい技術ではありません。マイクロソフトは2025年3月3日、それまでのNuance DAX CopilotとDragon Medical Oneを統合したMicrosoft Dragon Copilotを発表しました(旧称のまま「DAX Copilot」と呼ばれることがまだ多いのですが、現在の正式名称はこちらです)。
そして同社の公式発表には、こういう数字が並んでいます。1診察あたり5分の削減。臨床家の70%がバーンアウトと疲労の軽減を報告。62%が組織を辞める可能性が低下。患者の93%が全体的な体験の改善を報告。
Abridgeは「300以上のヘルスシステムで採用」、Nablaは「130以上の医療組織、85,000人以上の臨床家、年間2,000万件以上の診察」と公表しています。数字だけ見れば、導入しない理由がないように見えます。
ところが、大学が実測した研究を並べると、景色がかなり変わります。
公称値と実測値の、埋まらない差
2025年10月、JAMA Network Openに University of Chicago の研究が載りました(Pearlman K ほか, JAMA Netw Open. 2025;8(10):e2537000, PMID: 41071550)。外来臨床家のAI scribe利用者125名と、共変量を揃えた非利用者478名の比較です。
結果はこうでした。1予約あたりの電子カルテ滞在時間は中央値22.2分から20.2分へ、2.0分の減少(P<.001)。記録作成時間は7.5分から7.0分へ、0.5分の減少(P<.001)。傾向スコア重み付けによる群間比較では、カルテ時間 −8.5%、記録時間 −15.9%。
有意な減少ではあります。しかし「1診察5分」と「1予約2分」は、同じ話ではありません。しかもこの研究では、時間外の記録作業(いわゆる pajama time)、診察時間、月間診察件数には有意差が出ていません。いちばん減ってほしいはずの「持ち帰り仕事」が減っていない、ということです。
さらに厄介な報告もあります。Intermountain Health での99名を対象としたコホート研究(Haberle T ほか, J Am Med Inform Assoc. 2024;31(4):975-979, PMID: 38345343)は、臨床家のエンゲージメントには良い傾向が見られたものの、時間外の電子カルテ作業が統計的に有意に悪化したと報告しています。患者体験・記録・生産性の指標に有意な便益は認められませんでした。
つまりこの技術は、「効かない」のでも「魔法」でもなく、効き方が場面によって割れる段階にあります。そして割れ方には、はっきりした理由があります。
先に結論を言っておくと、アンビエント音声AIがいちばん効いているのは、時計で測れる時間ではありません。この点を取り違えたまま導入すると、数字で評価した瞬間に「思ったほどではなかった」となり、せっかく効いている部分まで捨てることになります。
以下では、良い結果を出した研究が実際に何を測っていたのかを確認したうえで、日本語で流通している「音声でカルテ」が実は3種類の別物であること、患者さんの会話をクラウドに送るときに必ず押さえるべき3条件、AIが生成した文章が診療録になるのはどの時点か、そしてリハビリ職にとって現実的な使いどころはどこかまでを、一次情報にあたって整理していきます。
