• MITとパデュー大学の研究チームが、理学療法士の手の動きと力加減を生成AIで学習するロボットシステムを開発中と発表しています。
  • このシステムは脳卒中後の上肢リハビリを対象とし、患者の回復状況に応じて補助量をリアルタイムで調整するとされています。
  • 現時点では健常者を対象にした初期実験の段階にあり、療法士が参加する臨床試験への移行が今後計画されています。

事実の整理

2026年8月5日、MITはパデュー大学のJohannes Lachner助教授らによる研究成果を公式に発表しました。Lachner氏はMIT在籍中にNovo Nordisk AI博士研究員として機械工学科と脳・認知科学科に所属しており、Noah Geiger氏(ロバート・ボッシュ社所属、元MIT客員研究学生)らと共同でこの研究を進めてきたとされています。研究成果は国際学術誌「IEEE Transactions on Robotics」に「Diffusion-Based Impedance Learning for Contact-Rich Manipulation Tasks」と題して掲載されています。

このシステムの技術的な核心は、Transformerベースの拡散モデル(Diffusion Model)とリアルタイムの力覚フィードバックを組み合わせた点にあります。従来の動作学習ロボットが「動きの軌跡」のみを模倣するのに対し、このシステムは「触れる」「力を加える」「患者の抵抗に応じて加減する」という物理的な相互作用そのものを学習することを目指しているとされています。

デュアルアームのロボットを用いた初期実験では、健常者が意図的に力の入れ方を変えながら行った動作データと、Apple Vision Proを使ったテレオペレーション(遠隔操作)で収集した接触・力学データをシステムに学習させたと発表されています。到達動作、腕の挙上、日常生活動作といった脳卒中後のリハビリで頻繁に用いられる運動が対象とされています。

今後の臨床研究では、ミュンヘンの外来リハビリ施設「Pfennigparade」とミュンヘン工科大学(TUM)が連携し、力覚センサー付き手袋を装着した理学療法士の実際の治療動作を記録・学習させる計画とされています。これにより、療法士ごとの対応スタイルをAIが個別に学習するモデルの開発が目指されています。

研究の背景として、脳卒中は世界で年間約1,500万人が罹患し、そのうち約500万人に長期的な機能障害が残るとされています(MITプレスリリースより)。一方で多くの地域では理学療法士の慢性的な不足が続いており、必要な頻度のリハビリを受けられない患者が多いことが課題として挙げられています。

2026年10月20日には米国の科学技術専門誌「MIT Technology Review」がこの研究を「Made by MIT」特集として改めて取り上げ、脳卒中患者へのロボット療法として国際的に注目を集める動きとなっています。

臨床家にとっての意味

この研究で最も注目すべき点は、「療法士の代替」を目指していないことが明確に打ち出されている点です。Lachner氏はMIT Technology Reviewのインタビューで、「理学療法士に取って代わるのではなく、その手の届く範囲を広げることが目的」と述べています。患者の評価・運動の選択・治療の監督はあくまで療法士が担い、ロボットはその指示のもとで反復的・身体的な負荷の高い補助動作を担う役割と位置づけられています。

Newsweekの報道でも、専門家の多くが「AIやロボットは療法士に取って代わらない」との見解を示しており、Lachner氏自身も「療法士の手の感覚、患者を励ます共感力や判断力はロボットには難しい」と述べているとされています。

現時点で言えることとして、このシステムは理学療法士の力加減のスタイルをAIが個別に学習できる可能性を示す初期研究として位置づけられています。人材不足が深刻な地域でのリハビリ提供量の拡大や、療法士の身体的負担を軽減するツールとしての可能性が議論されています。

一方で現時点で言えないことも多く残っています。患者を対象とした臨床試験はまだ実施されておらず、実際の治療効果に関する定量的なデータは発表されていません。保険適用の見通し、実際の診療現場への導入コスト、日本の医療制度下での実用可能性についても現時点では不明です。Newsweekの報道では、多くのAIリハビリプラットフォームは保険適用外であり、再入院率の低下といった実証データの蓄積が普及への課題とされていることも指摘されています。

理学療法士・作業療法士の方々にとって、この分野の動向を追う際の視点として有益なのは、「ロボットやAIが自分の仕事を奪う」という文脈ではなく、「自分の技術をAIに教え、働きかけの範囲を広げる道具として活用できるか」という問いかもしれません。この研究はその可能性の一端を示す取り組みとして注目されています。

出典

  1. Personalized physical therapy: Stroke rehabilitation powered by AI(MIT News, 2026年8月5日)
  2. Robotic therapy for stroke patients(MIT Technology Review, 2026年10月20日)
  3. AI Is Giving Physical Therapy a Robotic Makeover(Newsweek, 2026年9月2日)

本記事は情報提供を目的としており、特定の製品・サービス・治療法の推奨や、効果・安全性の保証をするものではありません。