この記事の要点

  • 監督なし・自己管理型の運動アプリ「Safe Step」を1年間使った群は、教育動画のみの群と比べ転倒率に有意差なし(発生率比0.92)
  • ただし「1回以上転倒した人の割合」は有意に11%低下(53% vs 59.6%、リスク比0.89)
  • 週90分の運動目標を達成できた参加者は1割前後にとどまり、アドヒアランスがデジタル介入の最大の壁であることも示された

バランス運動や機能的運動が高齢者の転倒を減らすことは多くの研究で示されていますが、問題は「誰がそれを届け、続けさせるか」です。療法士が付く教室型プログラムは効果的でも人手とコストがかかり、スケールしません。そこで期待されるのがアプリによる自己管理型の運動提供ですが、監督なしのデジタル介入だけで本当に転倒が減るのかは、大規模には検証されていませんでした。スウェーデン・ウメオ大学のPetterssonらが2025年3月にJournal of Medical Internet Research誌に発表したRCTは、この問いに正面から答えた研究です。

何を調べたか——70歳以上1,628人、アプリ群vs教育動画群の1年間

対象は、過去1年に転倒またはバランス低下を経験した70歳以上の地域在住高齢者1,628人(79%が女性、平均75.8歳、範囲70〜94歳)。参加者は、バランス・機能的運動を自宅で自己管理するアプリ「Safe Step」+教育動画の群と、教育動画のみの対照群にランダムに割り付けられました。介入期間は1年間で、専門職の監督や訪問は行わない完全な自己管理型です。転倒の発生は毎月の質問票による自己報告で追跡し、運動の実施状況も3か月ごとに確認されました。主要な解析は転倒率(人年あたりの転倒回数)の発生率比と、転倒を経験する人の割合のリスク比です。

何が分かったか——「転倒回数」は減らず、「転倒者の割合」は減った

intention-to-treat解析の結果、12か月時点の転倒率に有意差はありませんでした(運動群2.21回/人年 vs 対照群2.41回/人年、発生率比0.92、95%信頼区間0.76–1.11、p=.37)。一方、1回以上転倒した人の割合は運動群53%、対照群59.6%で、リスク比0.89(0.80–0.99、p=.03)と有意に11%低下しました。2回以上の転倒や、けがを伴う転倒の発生率には差がありませんでした。

注目すべきはアドヒアランスです。週90分の運動目標を達成した運動群参加者は、3か月時点で12.7%、12か月時点では9.1%と終始1割前後にとどまりました。また試験からの正式な離脱は運動群20%に対し対照群8%と、運動群で明らかに多くなっています。著者らは「自己管理型の無監督デジタル運動プログラムは、地域在住高齢者の一次転倒予防戦略の有効な構成要素になりうる」と結論づけつつ、効果を高めるためのアドヒアランス向上策の研究が必要としています。運動量がこれほど少なくても転倒者割合が下がった点は励みになる一方、転倒「回数」を減らすには至らなかったという結果の二面性は、正直に受け止める必要があります。

日本の現場への示唆——「アプリを渡して終わり」にしない設計

日本でも介護予防・フレイル対策の文脈で運動アプリやオンライン体操の導入が進んでいますが、この研究が示す実務的な教訓は明確です。第一に、デジタル自己管理型の介入は「ゼロよりは働く」が、魔法ではないこと。教育動画のみと比べてさえ、減ったのは転倒者の割合だけで、転倒率やけがは減りませんでした。第二に、最大のボトルネックは技術ではなく継続であること。週90分をこなせた人が1割という数字は、療法士による初期指導・定期的な電話フォロー・家族の巻き込みなど、人の関与を組み合わせるハイブリッド設計の根拠になります。第三に、通所や訪問のリハ職にとっては、アプリは自分の代替ではなく、介入と介入の「あいだ」を埋める道具として位置づけるのが現実的です。利用者にアプリや自主トレ資料を渡す際は、「渡した後の継続をどう確認するか」までを計画に含めることが、この試験から持ち帰れる一番の実践知でしょう。なお、これはスウェーデンの地域在住高齢者での結果であり、日本の要支援・要介護層にそのまま外挿はできない点にご注意ください。

出典

  • Pettersson B, Lundin-Olsson L, Skelton DA, Liv P, Zingmark M, Rosendahl E, Sandlund M. Effectiveness of the Safe Step Digital Exercise Program to Prevent Falls in Older Community-Dwelling Adults: Randomized Controlled Trial. J Med Internet Res. 2025;27:e67539. DOI: 10.2196/67539PubMed