脳卒中後の片麻痺患者を担当すると、入院初期から「肩をどうするか」に頭を悩ませる場面が必ずあります。弛緩麻痺期に腕が重力で引っ張られ、肩の前下方に骨が「ずれている」のを指で感じ取れるのに、何をどう評価し、何を優先して介入すればよいのか。スリングを使うべきか、電気刺激を試みるべきか、ROM訓練は何度まで許容されるのか——そうした問いに、明快な根拠を持って答えられているセラピストは意外と少ないのではないでしょうか。
片麻痺に伴う肩関節亜脱臼(グレノヒューメラル亜脱臼、以下GHS)は、脳卒中後の頻度の高い合併症のひとつです。発症後の報告では22〜54%という幅のある発生率が示されており、疼痛や機能回復の妨げになりうる問題として古くから注目されてきました。一方で、亜脱臼そのものが痛みの「原因」なのか「結果」なのかという関係は複雑であり、評価の方法も放射線・超音波・触診と複数あります。エビデンスの解釈を誤ると、実臨床での判断を誤りかねない、難しいテーマです。
この記事では、①GHSの発生機序と疫学を整理し、②評価手法の使い分けを示し、③ポジショニングから電気刺激までの介入根拠を解説し、④実在論文6本を1本ずつレビューし、⑤やってはいけないこと・限界と注意点を誠実に記します。脳卒中リハビリに携わる理学療法士・作業療法士はもちろん、肩疾患の知識を神経疾患領域に応用したい柔道整復師・鍼灸師・整体師にも役立てていただける内容を目指しました。
片麻痺における肩関節亜脱臼——発生機序と疫学の整理
肩関節は人体の中で最も可動域が広い関節ですが、その安定性の多くを関節周囲の筋肉——とりわけ棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋からなるローテーターカフ(回旋筋腱板)と後部三角筋——に依存しています。正常な状態では、これらの筋肉が上腕骨頭を関節窩に引きつける「求心作用」を絶えず発揮しており、重力下でも関節が安定を保っています。
脳卒中後の片麻痺では、上位運動ニューロンの損傷によって患側上肢の筋トーヌスが低下または消失します。この弛緩麻痺の状態では、棘上筋と後部三角筋の求心作用が失われ、腕の重さが関節包の下方・前下方の部分に直接かかり続ける状態が生じます。Paci らの総説(2005年:PMID 16320150)によれば、この関節包・靱帯への持続的な機械的ストレスがGHSを引き起こすと考えられており、発生率は急性期から回復期にかけて22〜54%と報告されています。
GHSの程度は「横指(フィンガーブレッドス:FB)法」という触診所見で表現されることが多く、上腕骨頭と肩峰の間に挿入できる指の本数(0.5 FB、1 FB、1.5 FBなど)で記録されます。ただし触診は検者間信頼性が中程度にとどまることが指摘されており、スクリーニングとしての用途が中心です。亜脱臼の程度はX線で測定した上腕骨頭—関節窩間距離(ミリメートル単位)によって定量的に評価することが可能であり、Paci ら(2005年)はこれを最も信頼できる測定法と位置づけています。
GHSが問題視されるのは、疼痛・浮腫・関節可動域制限といった二次的合併症リスクを高める可能性が示唆されているためです。ただし亜脱臼そのものが直ちに痛みを引き起こすわけではなく、無症状のケースも存在します。Ikai ら(1998年:PMID 9798835)の研究では、亜脱臼の程度と疼痛の強さには必ずしも直線的な相関がないことが示唆されており、疼痛の発生には神経損傷・炎症・軟部組織の機械的圧迫・CRPS(複合性局所疼痛症候群)など複数の要因が関与していると考えられています。
発症後の時間経過とともに、運動麻痺が回復するにつれて自然にGHSが軽減するケースがある一方で、痙縮期に移行しても一定の亜脱臼が残存するケースもあります。Zorowitz(2001年:PMID 14523741)の6ヵ月追跡研究では、肩の回復パターンに大きな個人差があることが報告されており、GHSの自然経過は一律ではないと考えられています。脳卒中発症後の上肢回復の見通しと連動して、GHSの経過も個別に追っていく視点が求められます。
また、GHSは疼痛の発生だけでなく、長期的な上肢の運動回復にも影響を与える可能性があることが示唆されています。Paci ら(2007年:PMID 17536647)の研究では、GHSが上肢運動回復と関連があるとされており、急性期から亜脱臼のマネジメントに積極的に取り組む意義が支持されています。ただし、この因果関係の方向性(GHSを軽減すれば回復が促進されるのか、回復があるからGHSが軽減するのか)については、現時点で確定的なことは言えません。
評価アプローチ——触診・X線・超音波の使い分け
GHSの評価には主に3つの方法があります。①触診(横指診)、②X線撮影(前後位・外転位前後位)、③超音波検査(エコー)です。それぞれに長所と限界があり、臨床場面での使い分けが求められます。
①触診(横指診)は最も簡便なスクリーニング方法です。患者が座位または立位になった状態で、上腕骨頭と肩峰の間にできる溝に検者の指を当て、ずれの大きさを指幅で評価します。Paci ら(2005年)はこの方法の臨床的有用性を認めながらも、検者間信頼性が「中程度」であることを指摘しており、亜脱臼の有無のスクリーニングには使えるが、定量的な評価には限界があると整理されています。発赤・浮腫・熱感・圧痛の有無とあわせて、関節周囲の状態を包括的に把握するための第一ステップとして活用するのが現実的です。
②X線撮影(前後像:AP)は、Paci ら(2005年)の整理によればGHSを定量化する最良の方法とされています。上腕骨頭と関節窩の距離を直接測定でき、ミリメートル単位での評価が可能です。標準的な前後位に加え、外転位での撮影と組み合わせることで、重力の影響を制御した評価もできます。ただし放射線被曝を伴うこと、患者の体位が測定値に影響することには注意が必要です。急性期病院では比較的アクセスしやすい手法ですが、回復期・生活期では施行のたびに医師のオーダーが必要になる場合があります。評価のタイミングとして、初期評価・介入前後の比較・回復期の定期評価などが想定されます。
③超音波(エコー)は近年その有用性が見直されてきており、放射線被曝がなく、ベッドサイドで繰り返し評価できる利点があります。上腕骨頭の下方変位を定量的に測定することが可能で、Paci ら(2005年)のレビューでも有望な評価ツールとして言及されています。ただし検査者の十分なトレーニングと適切な機器の確保が前提となるため、すべての施設で即座に導入できるわけではありません。エコーを活用できる環境にある施設では、X線の代替または補完として積極的に活用することが示唆されます。
臨床的な評価フローとしては、「触診でスクリーニング→疑いや定量評価が必要な場合はX線→繰り返し評価や被曝を避けたい場合は超音波を検討」という段階的アプローチが、現状のエビデンスとリソースのバランスに照らして合理的と考えられます。評価の目的は亜脱臼の「あり・なし」だけでなく、疼痛・筋緊張・浮腫・ROM制限との組み合わせを含む包括的な肩関節の状態評価であることを忘れないようにしましょう。特に痛みを伴うGHSは、鑑別診断(CRPS、肩峰下インピンジメント、石灰沈着性腱板炎など)のために医師との連携が不可欠です。
ポジショニング・装具・電気刺激——実務で今日からできること
GHSの管理において、日常的なポジショニングと装具の適切な使用は介入の基盤です。どのような場面でどのような工夫が有効かを、電気刺激を含めて整理します。
ポジショニング
臥位(背臥位・側臥位)では、患側の上肢がクッションや枕の上に十分に支持されるよう配置します。腕が体側に垂れ落ちると関節包への持続的な牽引ストレスになるため、これを防ぐことが目標です。患側を下にした側臥位では、上腕骨頭が関節窩に自然に収まりやすいポジションが取れる場合がありますが、局所の圧迫・末梢循環障害にも注意が必要です。健側を下にした場合は患側上肢が前方に十分支持されるようにポジショニングを調整します。
座位・車椅子乗車時では、患側上肢が膝の上や車椅子アームレストの上に安定して支持されるよう工夫します。アームサポートの高さが低すぎたり、アームレストが狭すぎると腕が垂れ落ちた状態が続き、GHSを悪化させる可能性があります。調整可能なアームレストや適切な高さのテーブルの活用が推奨されます。作業療法士(OT)が担うこの視点——「一日のほとんどの時間を過ごす座位姿勢をどう設計するか」——は、GHS管理において非常に重要な役割を担っています。
スリング・装具
スリングは立位・歩行時に腕の重さを支えるために使用されますが、あくまでもサポートであり、自然な腕の動きを制限しすぎる点には注意が必要です。Paci ら(2005年)の総説によれば、一部のスリングタイプが急性期のGHSに有効であることが示唆されていますが、特定のタイプが優れているという強いエビデンスは限られているとされています。また、スリングの長期装着は肩の内旋・肘屈曲拘縮リスクを高める可能性が指摘されており、ポジショニングや自動・他動運動との組み合わせ、使用時間の管理が重要です。スリングの必要性は、麻痺の程度・痙縮の有無・疼痛・患者のADL状況に応じて定期的に再評価することが求められます。
電気刺激療法
Paci ら(2005年)の整理では、機能的電気刺激(FES:Functional Electrical Stimulation)とテーピングが急性期のGHSに有効であることが示唆されています。電気刺激の主なターゲットは棘上筋と後部三角筋であり、これらを電気的に収縮させることで弛緩麻痺による関節支持力の低下を補うという考え方です。Ikai ら(1998年)の研究では、これらの筋肉への電気刺激が亜脱臼の軽減と肩外転機能の改善に有効であることが早期から報告されています。
Hong ら(2021年:PMID 34042408)の研究では、体位変換に連動して刺激が入る「ポジション・トリガード電気刺激(PTES)」が、受動的な電気刺激と比較して4週間後の亜脱臼の軽減に有意に優れていたと報告されています。この結果は、単に筋肉を刺激するだけでなく、患者の体位や動作に連動した「文脈のある刺激」のほうが効果的である可能性を示唆しています。ただし刺激終了後には差が維持されなかったことも示されており、介入の継続性という課題も残ります。
Lavi ら(2022年:PMID 35955118)のRCTでは、長時間の電気刺激と外部肩サポートを組み合わせた介入が、通常のリハビリテーションのみのコントロール群と比較してGHSの軽減に有効であると報告されています。日常生活活動中を含む長時間にわたって電気刺激を継続するというアプローチは、訓練室でのリハビリ時間以外にも介入効果を延長できる可能性を示しており、実践的な応用価値があると考えられます。
実在論文6本レビュー——亜脱臼の疫学から電気刺激まで
本節では、6本の実在論文を1本ずつ「何を調べたか」「何が分かったか」「臨床でどう使うか」の構成でレビューします。すべてPubMedで書誌情報を確認した論文です。
論文1:Paci 2005(J Rehabil Res Dev)——グレノヒューメラル亜脱臼の総括的レビュー
何を調べたか。片麻痺における肩関節亜脱臼の発生率・評価手法・治療法についての包括的な文献レビューです(PMID 16320150)。急性期から慢性期まで、評価から治療まで幅広く整理されています。
何が分かったか。GHSの発生率は22〜54%と報告されており、定義や測定法の違いがこの幅の原因の一部とされています。評価ではX線が最も信頼できる定量化手段とされ、触診はスクリーニングとして有用です。超音波も有望とされています。治療では急性期のFESとテーピングに有効性の示唆があり、スリングについても一定の効果が示唆されています。一方で研究間の比較を困難にする方法論上の課題も指摘されています。
臨床でどう使うか。GHS管理の全体像を把握するための基盤となる文献です。「何が確立されていて何がまだ不明か」の地図として活用でき、施設内での評価・介入フローを検討する際の起点となります。スタッフへの勉強会や院内ガイドライン作成の際にも適した1本です。
論文2:Paci 2007(Physiother Res Int)——亜脱臼・疼痛・運動回復の関係
何を調べたか。片麻痺患者における肩関節亜脱臼の程度と、疼痛および上肢運動回復との関係を調べた研究です(PMID 17536647)。脳卒中後の亜脱臼が予後とどのように関連するかを実証的に検討しています。
何が分かったか。GHSは疼痛発生のリスク因子として関連が示唆されており、また上肢運動回復とも関連があると報告されています。亜脱臼の軽減が運動回復の支援につながる可能性が示唆される一方、因果関係の方向性については慎重な解釈が求められます。GHSは「単独の問題」ではなく、疼痛・回復予後と絡み合った複合的な課題として捉えるべきことが示唆されます。
臨床でどう使うか。GHSをそれ自体の問題としてだけでなく、疼痛リスクと運動回復の予後予測の文脈で捉え直す視点を与えてくれます。患者・家族への説明においても、「肩のずれを早めにケアすることが回復の支援につながる可能性がある」という文脈で伝えやすくなります。上肢回復の目標設定と連動してGHSへのアプローチを設計する際の根拠として活用できます。
論文3:Zorowitz 2001(Top Stroke Rehabil)——6ヵ月追跡による回復パターン
何を調べたか。脳卒中後の肩関節亜脱臼が発症から6ヵ月にかけてどのような経過をたどるかを追跡した研究です(PMID 14523741)。亜脱臼の自然経過と回復パターンを実証データをもとに示しています。
何が分かったか。GHSの回復パターンには大きな個人差があることが示されました。一部の患者では自然回復が見られる一方、持続または悪化するケースも存在します。亜脱臼の回復が起こるとすれば、それは上肢全体の有意な運動回復を伴う場合に多いことが示唆されています。つまり、上肢の運動機能が回復しない場合には、GHSも持続しやすい可能性があります。
臨床でどう使うか。「時間が経てば自然に治る」という楽観的な見通しは根拠に乏しく、早期から適切なポジショニングと介入を継続することの重要性を支持する証拠として読むことができます。また予後予測においても、上肢回復の見通しをGHSの経過とセットで患者・家族に説明する際の参考になります。6ヵ月という時間軸での評価の重要性も再確認できます。
論文4:Ikai 1998(Am J Phys Med Rehabil)——亜脱臼の評価・治療と疼痛の関係
何を調べたか。片麻痺患者を対象に、亜脱臼の評価と棘上筋・三角筋への電気刺激による治療効果、および亜脱臼の程度と疼痛との関係を検討した研究です(PMID 9798835)。電気刺激の有効性を実証的に示した比較的早期の研究として位置づけられます。
何が分かったか。棘上筋・三角筋への電気刺激が、コントロール群と比較してGHSの軽減と肩外転機能の改善に有効であることが報告されています。また亜脱臼の程度と疼痛の強度は直線的な相関を示さないことも示唆されており、亜脱臼があっても無痛のケースや、軽度の亜脱臼でも強い疼痛があるケースが存在することが示されています。
臨床でどう使うか。亜脱臼の評価と痛みの評価を切り離して行う重要性を再認識させてくれる論文です。「亜脱臼があるから痛いはずだ」という思い込みを修正し、痛みの原因を多角的に評価するよう促す根拠になります。また電気刺激(棘上筋・後部三角筋ターゲット)の有効性を示した実証研究として、FES導入の根拠として参照できます。
論文5:Hong 2021(Eur J Phys Rehabil Med)——体位連動型電気刺激のRCT
何を調べたか。脳卒中後の上肢麻痺患者に対して、体位変換に連動して電気刺激が入る「ポジション・トリガード電気刺激(PTES)」の効果を、受動的電気刺激と比較したRCTです(PMID 34042408)。
何が分かったか。4週間の介入後、PTESを受けたグループは受動的電気刺激のグループよりもGHSの軽減が有意に大きかったと報告されています。これは「体位に連動した文脈のある刺激」が単純な受動的刺激よりも効果的である可能性を示唆しています。ただし刺激終了後の追跡期間においてこの差が維持されなかったことも明示されており、長期的な効果の持続性には課題が残ります。
臨床でどう使うか。電気刺激の「質と文脈」が重要であることを示す論文です。単純なタイマー設定の受動的刺激よりも、患者の動作や体位に連動した刺激のほうが効果的である可能性を示唆しており、機器の選択や使用プロトコルを考える際の参考になります。ただし効果の持続性を担保するために、電気刺激単独でなくポジショニング・自動運動との組み合わせが重要であることも示唆されます。
論文6:Lavi 2022(Int J Environ Res Public Health)——長時間電気刺激+外部サポートのRCT
何を調べたか。脳卒中後のGHS患者に対して、日常生活活動中に長時間の電気刺激と外部肩サポートを組み合わせた介入の有効性を検討したRCTです(PMID 35955118)。
何が分かったか。この組み合わせ介入がコントロール群(通常のリハビリテーションのみ)と比較してGHSの軽減に有効であると報告されています。日常生活活動中を含む長時間の電気刺激という設計は、通常のリハビリ訓練時間(1〜2時間)を超えて介入効果を生活全体に延長しようという発想であり、理学療法・作業療法と生活管理を統合するアプローチの有効性を示唆しています。
臨床でどう使うか。訓練室での介入だけでなく、日常生活の時間全体を使ったGHS管理という視点は、特にOTにとって重要です。家族や介護スタッフへの指導、スリングや外部サポートの活用を通じた「24時間型のアプローチ」への応用が示唆されます。病院から在宅への移行期においても、この視点を引き継ぐことが回復の継続性につながると考えられます。
やってはいけないこと・臨床現場での線引き
知識の積み重ねによって、GHSのある肩関節では特に注意すべき「やってはいけないこと」が明らかになってきています。
①患側肩を無抵抗に引っ張らない。移乗・体位変換・移動介助の際に、麻痺側の腕を持って引っ張る行為は関節包・靱帯への強いストレスになります。特に弛緩麻痺期は関節を守る筋肉の支持がほとんどないため、わずかな牽引力でも軟部組織の損傷につながる可能性があります。介助の際は体幹側から支え、腕は添えるだけにするのが基本です。この原則は介護スタッフや家族にも丁寧に伝える必要があります。
②脇の下に手を入れて持ち上げない。移乗介助の際に介助者が両脇の下に手を入れて持ち上げる方法(腋窩介助)は、上腕骨頭に下方への牽引ストレスをかけます。片麻痺患者に対してこの方法を使用すると、GHSの悪化や肩の神経・血管損傷リスクが生じるため、特に弛緩麻痺期には避けることが求められます。移乗方法の見直しとスタッフへの教育が必要です。
③弛緩麻痺期に過剰なROM訓練を行わない。弛緩麻痺期・GHSが高度な時期に、無理に肩関節の可動域訓練を行うことは避けるべきです。特に肩関節外転・屈曲を100〜120度を超えて強引に拳上すると、関節包や靱帯のさらなる損傷、肩関節周囲炎・石灰沈着の誘発につながることが示唆されています。ROM訓練は筋緊張の状態・GHSの程度・疼痛の有無を踏まえた範囲で、慎重に実施することが求められます。
④GHSがあれば自動的にスリングを装着しない。スリングは介入の一選択肢ですが、全員に一律に使うものではありません。スリングの装着が腕の過度な内旋・肘屈曲ポジションを固定することで、将来的な痙縮パターンや拘縮の形成を助長することが指摘されています。使用のメリットとデメリットを患者ごとに評価した上で判断し、定期的に必要性を再評価することが求められます。
⑤「亜脱臼があるから痛い」と単純に結論づけない。Ikai ら(1998年)が示唆したように、GHSの程度と疼痛は必ずしも比例しません。痛みの原因としてGHS以外の要因——CRPS(複合性局所疼痛症候群)、上腕骨頭壊死、肩甲下筋腱の損傷、肩峰下インピンジメント——を鑑別する姿勢が必要です。疼痛評価とGHS評価は切り離して行い、特に強い疼痛や神経症状が伴う場合は適切な医師への報告・紹介を検討することが重要です。
限界と注意点——この知見で言えないこと
本記事で紹介したエビデンスには、複数の重要な限界があります。これらを理解した上で知見を応用することが、誠実な臨床実践につながります。
RCTの数が限られ、サンプルサイズが小さい。GHSの評価・ポジショニング・スリングに関しては高品質なRCTが少なく、多くはコホート研究・ケースシリーズ・総説に基づきます。電気刺激については複数のRCTが存在しますが、サンプルサイズや介入プロトコルが研究によって大きく異なり、メタアナリシスによる統合が難しい状況です。
効果の持続性が未確立。Hong ら(2021年)が明示したように、電気刺激による亜脱臼軽減効果は刺激終了後に維持されない可能性があります。長期的な機能回復への貢献については、さらなる追跡研究が必要です。
日本の現場での適用性が未検証。引用した論文は日本・イタリア・韓国・イスラエル・米国での研究ですが、医療制度・入院期間・リハビリ提供体制は国内の各施設と異なる場合があります。特に回復期・生活期での介入実現可能性は、施設の環境と資源によって異なります。
診療報酬・算定との関係は年度・施設基準による。電気刺激療法の保険算定については、使用機器・施設基準・病期によって取り扱いが異なります。本記事は算定の可否について断定するものではなく、最新の診療報酬情報は所属施設の医事担当者または関係団体に確認してください。
評価指標の標準化が不十分。各研究で使用されている評価指標(横指診・X線での距離・超音波所見)が統一されていないため、研究間の単純な比較には限界があります。臨床でも、評価方法を施設内で標準化し、同一の指標で経時的に追うことが再現性のある評価につながります。
疼痛との因果関係は未解明。GHSと疼痛の関係は複雑であり、「GHSを軽減すれば疼痛が改善する」という単純な因果関係は現時点では確立されていません。疼痛のマネジメントはGHSの管理とは別軸で並行して行う必要があります。
まとめ——片麻痺肩の管理を「根拠あるケア」に
片麻痺における肩関節亜脱臼は、発生頻度が高く、疼痛・上肢回復・ADLへの影響が示唆される重要な合併症です。その管理には、①正確な評価(触診でスクリーニング→必要に応じX線・超音波で定量化)、②日常生活全体を通じたポジショニングと装具の使用、③電気刺激療法(特に棘上筋・後部三角筋をターゲットとしたFES・体位連動型刺激)の適切な導入が含まれ、いずれにエビデンスの支持があります。
一方で、GHSと疼痛の因果関係・長期的効果・日本の制度下での実現可能性などには未解明の部分が多く残ります。「亜脱臼があるから痛いはずだ」「スリングをつければ治る」という単純化は避け、個々の患者の状態・回復経過・生活環境に応じた包括的な判断を積み重ねていくことが求められます。
セラピストにできることは多く、そして重要です。ポジショニングの工夫ひとつ、介助方法の指導の仕方ひとつが、患者の回復軌道に影響を与えます。本記事が、その判断の質を高める一助となれば幸いです。
よくある質問
亜脱臼があっても痛くない患者には何をすればよいですか?
亜脱臼があっても無症状のケースは存在します。この場合も、GHSの持続は将来的な疼痛リスクや上肢回復への影響が示唆されているため、ポジショニングの適切な設定と介助方法の指導は継続することが望ましいと考えられます。電気刺激の適応については疼痛・麻痺の程度・患者の意欲などを総合的に判断して検討します。また無症状であっても、触診やX線などの定期的な評価を継続して状態変化を早期に把握することが重要です。疼痛が出現した際には速やかに評価を強化し、鑑別診断が必要な場合は医師に相談することを検討してください。
スリングはどの患者に・どのくらいの期間使うべきですか?
スリングの適応・種類・使用期間は現時点では標準化されておらず、患者個々の状況(麻痺の程度、痙縮の有無、疼痛、ADLスタイル)に応じて判断することが求められます。Paci ら(2005年)はスリングの有効性を示しつつも、特定タイプへの強い推奨は控えています。一般的な指針として、弛緩麻痺期には立位・歩行時の使用を検討し、痙縮が出現し始めたら使用の必要性を再評価することが示唆されています。肩の内旋・内転パターンの固定化を避けるため、長時間の連続装着は慎重に行い、除装時間を設けることも重要です。スリングは万能ではなく、ポジショニング・電気刺激・自動運動との組み合わせで効果が最大化されると考えられます。
電気刺激はどのタイミングから始められますか?
急性期からの開始を支持するエビデンスが複数あります。Ikai ら(1998年)の研究をはじめ、急性・亜急性期の段階での電気刺激がGHS軽減に有効であることが報告されています。ただし電気刺激の開始にあたっては、主治医との連携と医師の指示のもとで行うことが前提です。使用する機器・電極配置・刺激パラメータ(周波数・パルス幅・強度・時間)については施設内でプロトコルを整備し、患者の状態変化に合わせて調整していくことが求められます。電気刺激単独ではなく、ポジショニング・装具・自動運動との組み合わせによる包括的なアプローチが、現状のエビデンスからは最も有効と考えられます。
出典(すべてPubMedで確認済み)
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本記事は教育・情報提供を目的としており、特定の治療効果を保証するものではありません。臨床判断は患者の個別状態・所属施設のガイドラインおよび担当医師の指示のもとで行ってください。
