訪問リハの帰り道を想像してください。今日の新規の患者さん——主訴は「肩が挙がらない」でオーダーは肩関節周囲炎。でも、動かし方がどうも典型的でない。夜間痛の性状も、体重減少の話も気にかかる。事業所に戻る車内で、あなたはスマホのChatGPTにこう打ち込みたくなります。「70代男性、肩の挙上制限と夜間痛、最近の体重減少。考えられる原因は?」——数秒で、五十肩から頸椎由来、リウマチ性多発筋痛症、悪性腫瘍の骨転移まで、整然とした鑑別リストが返ってくる。この出力は、どこまで信じてよいのでしょうか。そして、そもそもこの「相談」は正しい使い方なのでしょうか。
大規模言語モデル(LLM)が医師国家試験レベルの問題を解けることが話題になって以来、「診断支援」はLLMの医療応用の最前線であり続けています。そして2023年以降、話題性のデモではなく、査読を経た検証研究——GPT-4に難症例を解かせた研究、医師とLLMを直接比較したランダム化比較試験(RCT)、83研究を束ねたメタアナリシス、実臨床データでLLMの脆さを暴いた研究——が急速に蓄積しました。この記事では「LLM 臨床推論」「ChatGPT 診断支援 精度」を知りたいセラピストに向けて、①LLM診断支援研究の現在地、②実在論文6本の個別レビュー、③「相談相手」としての正しい使い方と危険な使い方、④臨床推論教育への応用、⑤責任の所在、⑥限界、の順に整理します。先に結論を要約すれば、LLM単独の鑑別能力は難症例で人間を上回ることすらあるが、「人間がLLMを使うと良くなる」は自動的には成立せず、実臨床の複雑さの前では今も脆い——だからこそ、使い方の設計と限界の理解が、精度の数字よりも重要になります。
なお、文書作成など生成AIの実務活用はChatGPT・生成AIの臨床実務ガイドで、リハビリ領域のAI全体の見取り図はAIとセラピストの関わり方の記事で扱っています。本記事は「考えること」——臨床推論——へのLLMの関与に焦点を絞ります。
LLM診断支援研究の現在地——「試験に受かる」から「臨床で使える」までの距離
LLMの医療応用研究は、この3年で評価の土俵を3段階に上げてきました。第1段階は試験問題。選択肢のある標準化された問題で高得点を取れるか——これはすでに通過点です。第2段階は症例ビネット。実際の症例報告や教育用症例を提示し、自由記述で鑑別診断を挙げさせる。本記事で扱うKanjeeらのGPT-4研究、GohらのRCT、McDuffらのAMIE研究はここに属します。第3段階は実臨床の再現。情報が最初から全部そろっているビネットと違い、実際の臨床では問診・検査・解釈を通じて情報を自分で集める必要があります。Hagerらの研究は、この「情報を集めながら推論する」設定でLLMを試し、ビネットでの好成績が崩れることを示しました。
セラピストにとってこの区別が重要なのは、私たちがLLMに相談したくなる場面のほとんどが第3段階の構造を持っているからです。冒頭の肩の例で言えば、「70代男性、挙上制限、夜間痛、体重減少」という要約は、あなたが評価と問診で拾い、重要だと判断した情報の抜粋です。何を入力に含めるかの時点で推論は始まっており、LLMの答えの質は入力の質に縛られます。ビネット研究の好成績は「良い要約を与えられたときの成績」であり、あなたの要約が偏っていれば出力も偏る——この構造を理解しているかどうかが、LLMを安全に使えるかの分水嶺です。
もう一つの現在地は、「LLM単独」と「人間+LLM」の成績が一致しないという発見です。直感的には、優秀な道具を持てば人間の成績も上がるはずです。ところが後述するとおり、GohらのRCTではLLM単独が医師を上回ったのに、LLMを使った医師の成績はほぼ改善しませんでした。一方、診断対話に最適化されたAMIEでは、支援を受けた医師の成績が有意に向上しています。道具の性能だけでなく、道具と人間の協働の設計が結果を分ける——これはリハビリ職がAIを導入するあらゆる場面に通じる教訓です。
論文の選び方——選定基準の明示
本記事の6本は次の基準で選びました。①PubMed(E-utilities API)で書誌情報とアブストラクトを取得し、記事中の数値を原文(アブストラクトおよび公開全文)と照合できた実在論文であること。②システマティックレビュー・RCT・大規模検証研究を優先し、発表年は直近5年のうち2023〜2025年に限定したこと。③LLMの診断・臨床推論への応用を扱うこと(試験問題の正答率研究は除外)。④「単独性能」「人間との協働」「実臨床での脆さ」「バイアス」と論点を分散させ、肯定的結果と否定的結果の両方を含めたこと。⑤当サイト既刊のChatGPT実務記事で扱った文献(Kung 2023・Singhal 2023等)と重複しないこと。各論文には「研究の限界」を必ず1文添えます。
エビデンスレビュー——実在論文6本を1本ずつ読む
論文1:Kanjee et al. 2023(JAMA)——GPT-4は難症例の鑑別をどこまで挙げられるか
何を調べたか。 医学の世界で最も難しい症例検討とされるNEJMの臨床病理検討会(CPC)症例70例をGPT-4に解かせ、鑑別診断リストの精度を評価した研究です。CPCは最終診断が病理などで確定している実症例で、歴代の診断支援システムの腕試しに使われてきました。
何が分かったか。 GPT-4は70例中64%で最終診断を鑑別リストに含め、39%で第1候補として挙げました。正解が鑑別に含まれた場合の平均順位は2.5位、鑑別リストの平均は9.0診断。従来型の鑑別診断生成システム(2022年の評価で正答率58〜68%)と比べ、鑑別の質スコアは数値上優位でした(平均4.2対3.8)。
臨床でどう使うか。 「専門医が頭を抱える難症例でも、6割強で正解を網に入れてくる」——LLMの鑑別網羅力を示した初期の代表的研究です。セラピストの文脈に引き付ければ、LLMは「自分が思いつかなかった可能性を挙げさせる」用途、つまり鑑別の見落とし対策のブレインストーミング相手として最も素直に強みを発揮します。逆に第1候補の的中は4割弱——「一番ありそうな答え」を当てる道具として信頼するには足りません。網を広げる道具であって、絞り込む道具ではないのです。
研究の限界。 CPC症例は情報が完全に整理された教育用の特殊な症例であり、著者らも指摘するとおり、情報が断片的な実臨床での性能を代表しません。
論文2:McDuff et al. 2025(Nature)——診断対話に最適化されたLLM「AMIE」は医師の鑑別を改善した
何を調べたか。 Google Researchが開発した診断推論特化型LLM「AMIE」について、20名の臨床医が302の難症例(公開症例報告由来)を解く形で評価した研究です。全員がまず支援なしで鑑別を作り、その後「検索エンジン+標準的資料」または「AMIE+同資料」のいずれかの支援条件にランダム割付されました。
何が分かったか。 AMIE単独のtop-10精度(上位10候補に正解が入る率)は59.1%で、支援なしの臨床医の33.6%を有意に上回りました。さらに重要なのは協働の結果で、AMIEの支援を受けた臨床医は51.7%と、支援なし(36.1%)にも検索支援(44.4%)にも有意に勝り、鑑別リストもより網羅的になりました。
臨床でどう使うか。 論文3(Goh)とセットで読むべき研究です。同じ「LLM支援」でも、汎用チャットボットを渡しただけでは医師の成績が上がらなかったのに対し、診断対話用に設計されたAMIEでは人間+AIが人間単独にも検索にも勝った。協働の成果は、モデルの性能×インターフェース設計×使う側のスキルの積で決まることを示唆します。セラピストが今日使えるのは汎用LLMですから、この研究は「うまく設計された未来の可能性」と「いまの道具との差」の両方を教えてくれます。
研究の限界。 開発元であるAlphabet社の資金と所属研究者による評価であり、症例も公開症例報告由来のため、独立した実臨床環境での再現が必要です。
論文3:Goh et al. 2024(JAMA Network Open)——RCTの意外な結果:LLMを渡しても医師の推論は改善しなかった
何を調べたか。 医師50名(指導医26名・研修医24名)を、「LLM(GPT-4)+従来の診断資料」群と「従来資料のみ」群にランダム割付し、60分で最大6つの症例ビネットの診断推論を標準化ルーブリック(鑑別の正確さ・支持/反証因子の妥当性・次の検査計画)で採点した単盲検RCTです。
何が分かったか。 診断推論スコアの中央値はLLM群76%対従来群74%、調整後差はわずか2ポイントで有意差なし(95%CI −4〜8、P=0.60)。症例あたりの所要時間も有意差なし(519秒対565秒)。ところが探索的解析では、LLM単独が従来資料群の医師を16ポイント上回りました(95%CI 2〜30、P=0.03)。
臨床でどう使うか。 「良い道具を渡せば良い判断になる」という素朴な期待を、RCTで反証した重要な研究です。医師たちはLLMの提案を自分の初期仮説に引き付けて割り引いたり、検索エンジンのように断片的な質問しかしなかったりして、道具の性能を引き出せませんでした。ここからセラピストが持ち帰るべきは、LLM活用は「道具の導入」ではなく「使い方の訓練」の問題だということです。症例情報を構造化してまとめて渡す、鑑別リストと根拠をセットで求める、自分の仮説への反証を尋ねる——後述するプロンプトの型は、この研究の失敗パターンの裏返しです。
研究の限界。 ビネットベースの模擬環境かつ50名という規模であり、実患者・実ワークフローでの協働効果や患者アウトカムへの影響は評価されていません。
論文4:Takita et al. 2025(npj Digital Medicine)——83研究のメタアナリシス:専門医にはまだ届かない
何を調べたか。 2018年6月〜2024年6月に発表された、生成AIモデルの診断性能を検証した83研究を統合したシステマティックレビュー+メタアナリシスです(大阪公立大学のグループによる日本発の研究)。生成AIと医師の診断精度を横断的に比較しました。
何が分かったか。 生成AI全体の診断精度は52.1%。医師全体との差は有意でなく(P=0.10)、非専門医との差もありませんでした(P=0.93)。しかし専門医との比較では、生成AIは有意に劣りました(P=0.007)。モデル間の性能差も大きいことが示されています。
臨床でどう使うか。 個別の華々しい研究(論文1・2)と実臨床での脆さ(論文5)の間に、冷静な「平均値」を置いてくれる論文です。生成AIの診断力は、おおまかに言えば非専門医とは同等、専門医には届かない——これが83研究を均した2024年時点の相場観です。セラピストの実務に引き付ければ、LLMの鑑別コメントは「隣の席の他職種に意見を聞く」程度の重みで扱い、専門医の判断の代わりにはしない、という運用の目安になります。
研究の限界。 組み入れ研究の多くは症例ビネットや画像ベースの評価で研究デザインの異質性が大きく、統合値52.1%を特定の診療場面の精度として解釈することはできません。
論文5:Hager et al. 2024(Nature Medicine)——実臨床を模した途端、LLMは崩れる
何を調べたか。 集中治療データベース(MIMIC-IV)由来の実患者2,400例・4疾患(虫垂炎・胆嚢炎・憩室炎・膵炎)を使い、「情報を自分で集めながら診断・治療方針を決める」実臨床型の評価フレームワークで最先端LLMを試験した研究です。ビネットのように情報が最初から全部与えられるのではなく、LLMが問診・検査のオーダーと解釈を自分で行う設定です。
何が分かったか。 LLMは全疾患にわたり医師より有意に低い診断精度にとどまり、診断・治療ガイドラインに従えず、検査結果の解釈にも失敗しました。さらに、指示への追従が不安定で、与える情報の量や提示順序を変えるだけで結果が変わる脆弱性を示し、著者らは「現状のLLMは自律的な臨床判断に対応できない」と結論しています。
臨床でどう使うか。 本記事で最も重要な「ブレーキ」の論文です。ビネットで人間超えの成績(論文1〜3)と、実臨床の再現で医師未満(本論文)——この落差の正体は、情報収集と統合という臨床推論の中核がLLMにはまだできないことにあります。セラピストの評価過程はまさにこれです。問診で何を聞くか、どの検査を足すか、所見の矛盾をどう解決するか。この部分をLLMに委ねる使い方(「この患者どうしたらいい?」と丸投げする使い方)は、現在のエビデンスでは正当化されません。委ねてよいのは、自分が集め終えた情報の整理と、仮説の網羅性チェックまでです。
研究の限界。 対象は4つの急性腹症に限定された後ろ向きデータでの評価であり、運動器疾患や慢性期の臨床推論に結果がそのまま当てはまるわけではありません。
論文6:Zack et al. 2024(The Lancet Digital Health)——GPT-4は人種・性別のステレオタイプを鑑別に持ち込む
何を調べたか。 GPT-4が人種・性別バイアスを内包しているかを、医学教育(症例作成)・診断推論・治療計画・患者の主観的評価という4つの臨床応用場面で系統的に検証したモデル評価研究です。NEJM Healerの教育用症例などを用い、患者の人口統計学的属性だけを入れ替えて出力を比較しました。
何が分かったか。 GPT-4は疾患の実際の疫学を正しく反映せず、特定の人種・性別に紐づくステレオタイプ的な症例を一貫して生成しました。標準症例に対する鑑別診断も属性によって偏り、治療計画では属性と高額な検査・処置の推奨との間に有意な関連が見られました。
臨床でどう使うか。 「同じ症状でも、患者の属性を変えるとLLMの答えが変わり得る」ことを知っているだけで、使い方が変わります。実務的な対策は2つ。第1に、鑑別の相談では臨床推論に必要のない属性情報を入力から削ること(必要な場合——疫学が実際に性差・年齢差を持つ場合——は意識的に含める)。第2に、出力を読むとき「この推奨は医学的根拠か、それともステレオタイプか」と一度問うこと。バイアスは日本の文脈でも無縁ではありません。性別・年齢・職業による「よくある患者像」への引き寄せは、痛みの過小評価などの形でリハビリ領域にも現れ得ます。
研究の限界。 米国の疫学と英語プロンプトを前提とした評価であり、日本語使用時や日本の疫学における偏りの現れ方は別途の検証が必要です。
「相談相手」としての正しい使い方と危険な使い方
6本の論文から、セラピストがLLMを臨床推論の相棒にするときの線引きを導きます。原則はひとつ——LLMに「診断」をさせず、自分の推論の「監査」をさせることです。
正しい使い方の型。 第1に「鑑別の網羅性チェック」。自分の評価を構造化して渡し(年齢層・主訴・経過・陽性所見・陰性所見)、「他に考えるべき可能性は? 見逃すと危険なものから順に」と問う。これは論文1・2が示したLLM最大の強み(網羅的な鑑別生成)に沿った使い方です。第2に「反証の依頼」。「私は◯◯だと考えているが、この仮説に合わない所見や、否定のために確認すべきことは?」——確証バイアスの外から石を投げさせる使い方で、Gohらの研究で医師が失敗した「自分の仮説にLLMを従わせる」使い方の正反対です。第3に「レッドフラッグの再確認」。「この情報の中に、医師への報告・受診勧奨を急ぐべき徴候はあるか」と、安全側のスクリーニングを重ねる用途です。
危険な使い方の型。 第1に「丸投げ」。評価の途中で「この患者はどうしたらいい?」と委ねるのは、LLMが最も苦手とする情報収集・統合(論文5)を任せる行為です。第2に「絞り込みの委任」。「一番可能性が高いのはどれ?」への答えを判断の根拠にする——第1候補の的中率は難症例で4割弱(論文1)、実臨床形式ではさらに落ちます(論文5)。第3に「出力の直接引用」。LLMの鑑別コメントをそのまま記録やカンファレンス資料に載せれば、誤りとバイアス(論文6)ごと公式文書化されます。第4に「患者情報の入力」。氏名・生年月日など個人を特定できる情報を外部サービスに入力しない運用は、生成AI実務の記事で述べた原則がそのまま適用されます。
もうひとつ、見落とされがちな危険があります。LLMの答えは「もっともらしさ」で装飾されていることです。整った文章・自信のある口調・整然とした箇条書きは、内容の正しさとは独立です。Hagerらが示した「情報の順序で答えが変わる」脆さは、出力の見た目からは決して分かりません。もっともらしさへの耐性——出力を疑う習慣——が、LLM時代の臨床家の基礎体力になります。
臨床推論教育への応用——新人教育と自己研鑽の新しい道具
診断支援としての限界を裏返すと、教育用途の適性が見えてきます。教育では「答えの正しさ」よりも「思考の練習機会」が価値だからです。
活用の型は4つあります。第1に症例ベースの練習問題生成。「腰痛の鑑別練習用に、レッドフラッグを1つ隠した症例ビネットを作って」といった依頼で、無限に練習素材が作れます(ただし論文6のとおり、生成される症例はステレオタイプに偏り得るため、指導者が疫学的な妥当性を確認する工程が必須です)。第2に推論過程の言語化訓練。新人が自分の鑑別と根拠をLLMに説明し、反論させる——「言語化→反証→再構築」のサイクルを、指導者の時間を使わずに回せます。第3に「後出しの比較対象」。カンファレンスで結論を出した後にLLMの鑑別を見て、「自分たちが挙げなかった候補はなぜ挙がらなかったのか」を検討する使い方。GohらのRCTが示唆した「人間がLLMを活かせない」問題への訓練にもなります。第4に指導者側の準備補助。教育セッションの設計や質問リストの作成は、診断そのものではないため、LLMの得意領域です。
注意点も教育固有のものがあります。学習初期からLLMに頼ると、鑑別を自力で立ち上げる訓練の機会そのものが失われる可能性です。筋力トレーニングと同じで、負荷を代わりに持ってもらっては強くなれません。「まず自分で書く→LLMと突き合わせる」の順序を崩さないことが、教育活用の第一原則です。学会発表や症例報告への生成AI利用の倫理は生成AIと症例報告・学会抄録の記事で詳述しています。
責任の所在——「AIがそう言った」は理由にならない
LLMを臨床推論に関与させるとき、責任の構造は変わりません。整理すべき点は3つです。
第1に、判断の責任は使用者と施設に帰属します。汎用LLMは医療機器として承認されたものではなく、各社の利用規約も医学的判断への単独使用を想定していません。LLMの出力を参考にした判断の結果に対して、「AIの提案だった」ことは責任を軽くする事情にはなりません。これは電卓や医学書と同じ「道具」の扱いであり、道具の選択と使い方まで含めて使用者の裁量と責任です。
第2に、職種の業務範囲は変わりません。セラピストの臨床推論は、診断ではなく評価と治療方針の立案、そして医師への報告・連携のために行われます。LLMがどれだけ流暢に「診断」を語っても、それを患者に伝えることが診断行為に近づくリスクは、LLM以前と同じ基準で管理されるべきです。鑑別の相談は「医師に何をどう報告するか」を磨くために使う——この位置づけが職域の観点からも安全です。
第3に、組織としてのルール整備が個人の注意より先に来ます。個人情報の入力範囲、記録への利用可否、患者への説明方針。AI利用の院内ルールが未整備のまま個人の判断で使われる状態が、責任の観点では最も脆弱です。導入の考え方はAI転倒予測の記事で述べた「モデルは臨床判断の代替ではなく入力の一つ」という原則と共通です。
限界と注意点——この知見で「言えないこと」
- 「LLMを使うと患者アウトカムが改善する」を示した研究は本記事の6本にありません。 評価されたのは鑑別の精度や推論スコアであり、リハビリの成果や安全性への効果は未検証です。
- 好成績のほとんどはビネット(整理済み症例)上の数字です。 情報収集を含む実臨床型の評価では医師未満に落ちました(Hager 2024)。実務での性能はビネット研究の数字より低く見積もるべきです。
- 運動器・リハビリ領域に特化した検証はまだ乏しい状態です。 本記事の研究は内科系の診断が中心で、動作分析や機能評価を含むセラピストの臨床推論への直接の外挿はできません。
- モデルもバージョンも動く標的です。 本記事の数値は評価当時のモデルのもので、現在使えるモデルの性能を保証も否定もしません。モデル間の性能差が大きいことはメタアナリシスも指摘しています(Takita 2025)。
- バイアスの検証は英語・米国疫学が前提です。 日本語・日本の疫学での偏りの検証はこれからで、「日本語なら安全」とは言えません(Zack 2024)。
- 企業主導研究の存在に注意が必要です。 AMIE研究は開発元による評価であり(McDuff 2025)、独立検証の蓄積を待つ必要があります。
まとめと「明日からの3ステップ」
本記事の要点を4つに圧縮します。第1に、LLMの鑑別網羅力は本物で、難症例の64%で正解を鑑別に含め(Kanjee 2023)、診断特化型では単独top-10精度59.1%と支援なし臨床医の33.6%を上回りました(McDuff 2025)。第2に、しかし「渡せば良くなる」は不成立——RCTでは汎用LLMを使えた医師の推論スコアは2ポイントしか変わらず(Goh 2024)、協働の成果は使い方の設計に依存します。第3に、実力の相場は非専門医と同等・専門医未満(Takita 2025)で、情報収集を含む実臨床型の評価では医師より有意に劣り、情報の順序にすら揺らぎます(Hager 2024)。第4に、出力には人種・性別ステレオタイプが混入し得る(Zack 2024)——もっともらしさと正しさを切り離して読む習慣が必須です。
明日からの3ステップを提案します。
- 「相談の型」を1つ決めて練習する。 おすすめは反証依頼です。次の新規患者で、自分の仮説を立てた後に「この仮説に合わない所見と、確認すべき鑑別は?」とLLMに問い、返答のうち採用・棄却した項目とその理由を自分の言葉で言えるか試してください。
- 入力から個人情報と不要な属性を削る癖をつける。 氏名・生年月日を入れない運用に加え、推論に不要な属性(職業・国籍など)を削ってから相談する。バイアス対策と個人情報保護が同時に実現します。
- 職場のAI利用ルールの有無を確認し、なければ提起する。 入力してよい情報の範囲・記録への利用可否の2点だけでも文書化を提案する。個人の工夫を組織の安全に変える一歩です。
よくある質問
ChatGPTの診断支援の精度は、結局どのくらい信頼できるのですか
条件で大きく変わる、が正確な答えです。整理された難症例なら鑑別リストの64%に正解を含み(Kanjee 2023)、診断特化型モデルなら単独で臨床医を上回った報告もあります(McDuff 2025)。一方、83研究の平均では診断精度52.1%で専門医に有意に劣り(Takita 2025)、情報収集を含む実臨床形式では医師未満に落ちました(Hager 2024)。実務では「非専門医の同僚に意見をもらう」程度の重みで扱い、鑑別を広げる用途に限定し、絞り込みと最終判断は人間が担う——これが現在のエビデンスに沿った運用です。
セラピストがLLMに症状を相談することは「診断行為」になりませんか
LLMへの相談自体は情報収集であり、問題はその後の扱いです。セラピストの臨床推論は評価・治療方針の立案と医師への報告のために行うものであり、LLMの出力から得た気づきも「医師に何を報告・相談するか」の質を上げる方向で使うのが適切です。LLMの挙げた疾患名を患者に伝える、受診の要否を自分で確定する、といった使い方は職域の観点からもエビデンスの観点からも避けるべきです。施設のルールと医師との連携体制の中で使ってください。
新人教育でLLMを使わせるべきですか、禁止すべきですか
一律禁止よりも「順序の統制」を推奨します。鍵は、鑑別を自力で立ち上げる訓練を先に置くこと——「まず自分で書く→LLMと突き合わせる→差分を言語化する」の順序を守れば、LLMは指導者の時間を消費しない反証相手・比較対象として機能します(Goh 2024が示した「人間がAIを活かせない」問題への訓練にもなります)。逆に最初からLLMに答えを出させる使い方は、推論の筋力がつく前に負荷を奪います。症例生成に使う場合はステレオタイプの混入(Zack 2024)を指導者がチェックしてください。
書類作成にはもう使っていますが、臨床推論に使うのとは何が違うのですか
リスクの構造が違います。書類作成は出力の誤りを使用者が全文チェックでき、誤りの影響も文書の質にとどまります。臨床推論への関与は、誤りが評価の見落としや方針の偏りとして患者に届き得るうえ、もっともらしい出力ほど検証されにくいという逆説を抱えます。だからこそ本記事の「監査役に限定する」線引きが重要です。書類・文書業務での活用の実際はChatGPT・生成AIの臨床実務ガイドを、評価機器へのAI応用はAI×超音波エコー評価の記事を参照してください。
出典(すべてPubMed E-utilities APIで書誌・抄録を取得し数値を照合済み)
- Kanjee Z, Crowe B, Rodman A. Accuracy of a Generative Artificial Intelligence Model in a Complex Diagnostic Challenge. JAMA. 2023;330(1):78-80. DOI: 10.1001/jama.2023.8288(PubMed: 37318797)※本文数値は公開全文(PMC10273128)で照合
- McDuff D, Schaekermann M, Tu T, et al. Towards accurate differential diagnosis with large language models. Nature. 2025;642(8067):451-457. DOI: 10.1038/s41586-025-08869-4(PubMed: 40205049)
- Goh E, Gallo R, Hom J, et al. Large Language Model Influence on Diagnostic Reasoning: A Randomized Clinical Trial. JAMA Network Open. 2024;7(10):e2440969. DOI: 10.1001/jamanetworkopen.2024.40969(PubMed: 39466245)
- Takita H, Kabata D, Walston SL, et al. A systematic review and meta-analysis of diagnostic performance comparison between generative AI and physicians. npj Digital Medicine. 2025;8(1):175. DOI: 10.1038/s41746-025-01543-z(PubMed: 40121370)
- Hager P, Jungmann F, Holland R, et al. Evaluation and mitigation of the limitations of large language models in clinical decision-making. Nature Medicine. 2024;30(9):2613-2622. DOI: 10.1038/s41591-024-03097-1(PubMed: 38965432)
- Zack T, Lehman E, Suzgun M, et al. Assessing the potential of GPT-4 to perpetuate racial and gender biases in health care: a model evaluation study. The Lancet Digital Health. 2024;6(1):e12-e22. DOI: 10.1016/S2589-7500(23)00225-X(PubMed: 38123252)
※本記事は医療従事者向けの教育・情報提供を目的としたもので、特定のAIモデル・製品の効果や安全性を保証するものではありません。大規模言語モデルの臨床関連利用は、各施設の規程、個人情報保護の要件、各職種の業務範囲、各臨床家の評価・判断のもとで行ってください。
