「自主トレをやってきてください」と伝えたとき、次回来院で「できませんでした」と返ってくる経験は、ほとんどのセラピストが持っているはずです。理由を聞くと「忙しくて」「忘れてしまって」「やり始めたら痛くなって不安で止めてしまいました」という声が返ってくる。処方した内容が悪いのか、患者が怠慢なのか——どちらでもありません。これは運動アドヒアランス(exercise adherence)の問題であり、研究が示すホームエクササイズプログラム(HEP)の非遵守率は50〜70%に達すると報告されています。つまり、提案した自主トレを「ほぼやらない」患者は例外ではなく、標準的な多数派に近いのです。
この数字を知ったとき、セラピストとして持つべき問いは「なぜ続かないのか」ではなく、「続かないことを前提として、どう設計し、どう声をかけるか」に変わります。本記事では、アドヒアランス研究の基礎整理から始まり、自己効力感に応じた処方の型、行動変容技法(BCT)の実装、動機付け面接(MI)のエッセンス、モバイルアプリ活用の最新RCTまでを、実在論文6本のレビューを通じて体系的に整理します。目標は「続かない」という臨床課題に対して、今日の外来から使える具体的な処方と声かけの型を手元に置くことです。
アドヒアランスとはなにか——自主トレが続かない問題の構造を解く
まず概念の整理から入ります。臨床でよく使われる「コンプライアンス(compliance)」と「アドヒアランス(adherence)」は、似ているようで根本的に異なります。コンプライアンスは「指示に従うこと」であり、患者を受動的な存在として扱います。「毎日10回やってください」という処方への従順さを求める発想が典型です。一方、アドヒアランスは「患者が同意した上で、行動を自律的に継続すること」であり、患者の主体性を前提とします。
この違いは言葉の問題にとどまらず、介入の設計に直接影響します。コンプライアンスを求めるアプローチでは、続かないことは「患者の意志の問題」として片づけられがちです。対してアドヒアランスを高めるアプローチでは、続かないことは「環境の設計とプログラムの問題」として捉え直され、セラピスト側の処方技術の問題として取り組む姿勢につながります。
アドヒアランスには3つの構成要素があります。①開始(initiation)——処方されたことを実際に始めるかどうか、②実施(execution)——始めた後に正しく実施できているかどうか、③継続(maintenance)——長期にわたって続けられるかどうか、の3段階です。「始めたが続かない」という最も多いパターンは、②から③への移行の失敗であり、単に「やる気がない」では説明できない多層的な要因が絡んでいることが示唆されています。
ホームエクササイズプログラムが臨床効果を発揮するためには、当然ながら患者がそれを実行している必要があります。痛みの軽減・筋力の回復・バランスの改善——これらの治療効果はすべて、実施された場合の効果です。どれほど優れた処方内容であっても、実行されなければ臨床効果はゼロです。この当たり前の事実が、アドヒアランス研究の出発点であり、セラピストが処方技術と同等に声かけ技術を磨く必要がある理由でもあります。
アドヒアランスを規定する3層の要因——何がバリアで何が促進因子か
自主トレが続かない要因は、一つではありません。研究は一貫して、個人・環境・プログラムという3つの層が複合的に作用することを示唆しています。この3層構造を理解することが、効果的な介入策の設計につながります。
第1層:個人要因は最も変えやすい層です。自己効力感の低さ、運動に対する否定的な信念(「やっても治らない」「痛みが悪化しそう」)、健康への動機の強さ、過去の運動経験、記憶力や認知機能の問題などが含まれます。Petrosyan(2024)は筋骨格痛を持つ成人において、「時間の不足」と「疼痛」が最大のバリアであり、「健康への動機」と「治療者との良好な関係」が主要な促進因子であることを報告しています。特に重要なのは、疼痛がバリアとして機能するメカニズムです。運動中に痛みが生じると患者は「悪化した」と解釈して止めてしまいますが、これは治療者が事前に痛みの解釈を共有していれば防げる認知の問題でもあります。
第2層:環境要因は最も変えにくい層です。多忙な生活スケジュール、家族の世話という責任、自宅に運動スペースや器具がない、経済的制約などが含まれます。環境要因に対してセラピストができることは「排除すること」より「適応すること」です。器具なしでできる処方に切り替える、「朝の歯磨き後」のように日常の習慣行動にアンカリングする(行動のバンドリングと呼ばれます)、家族を巻き込んで応援者を作る、といったアプローチが環境要因へのリアルな対応になります。
第3層:プログラム要因はセラピストが最も直接的にコントロールできる層です。種目数が多すぎる、難易度設定が高すぎる、1回の実施時間が長すぎる、動き方の説明が分かりにくい、フィードバックのサイクルがない——これらはすべて処方設計の問題であり、外来でその場で変えられます。研究は一貫して、種目数を絞ること、段階的に負荷を増やすこと、進捗を「見える化」することの3点が継続率を高めることを支持しています。Chester(2023)のスコーピングレビューでは、目標設定と自己モニタリングが行動変容技法の中でも特に有効であることが示唆されました。
実務での処方と声かけ——今日から使える具体的な技術
概念を理解したら、次は実装です。以下では自己効力感の評価、SMART目標の設定、行動変容技法(BCT)の組み込み、動機付け面接(MI)の声かけという4つの技術を実務レベルで解説します。
自己効力感の評価と処方の分岐
Picha(2018)のモデルが示す核心は、自己効力感(self-efficacy)の高低によって処方の「入口」を変えるという発想です。自己効力感とは「この行動を自分は実行できる」という確信の強さであり、アドヒアランスの最も強力な予測因子の一つとして繰り返し報告されています。
自己効力感が高い患者(「週3回くらいならできそうです」と言える患者)には、目標設定を精緻化するアプローチが有効です。漠然とした「続けてください」から、SMART目標(Specific・Measurable・Achievable・Relevant・Time-bound)に落とし込みます。「朝の歯磨き後にスクワット10回を2週間続ける」のような、いつ・何回・何日という形に具体化した目標が自律的な継続を支えます。段階的な負荷設定(最初の1週間は10回、次の週は15回など)でマイルストーンを設けることも、継続を支える構造になります。
自己効力感が低い患者(「続けられる自信がない」「前もすぐ止めてしまった」という患者)には、まず「小さな成功体験」を積むことが優先されます。Picha(2018)は、低自己効力感群では処方量そのものを大幅に絞ることを推奨しています。1種目・1日1分から始める設定は非現実的に聞こえますが、「昨日1回できた」という事実の積み上げが自己効力感を育て、中長期的には多くの種目をこなせるようになるとされています。「少なすぎる」と感じるくらいから始めることが、アドヒアランスの観点では合理的です。
声かけの実例として、自己効力感の確認に使えるのは「0から10のスケールで、今週これをやれる自信はどのくらいですか?」という質問です。7以上なら現行の処方を進め、6以下なら処方量を減らして「続けられる量」を再設計します。これは動機付け面接でよく使われるコンフィデンス・ルーラーの応用です。
SMART目標の設定と実施意図の書き出し
目標設定に加えて、Chester(2023)のスコーピングレビューが特に強調しているのが「実施意図(implementation intention)」の活用です。実施意図とは「もし○○のときは、△△をする」という形式の具体的な計画であり、「いつ・どこで・どのように」を事前に決めておくことで、日常の文脈から行動が引き出されやすくなると考えられています。
実際の外来では、処方用紙に記入する形で具体化します。「自主トレをやる日時: 火・木・土の朝 / 場所: リビングのソファの前 / きっかけ: 朝食後に食器を片付けたら / 時間: 5分」という記載が一例です。これが「意図から行動への橋渡し」として機能するとされており、ただ「やってください」と伝えるより継続率が高まることが示唆されています。
自己モニタリングの仕組みも実装します。最も簡便なのはカレンダーへの記録(「できた日に○をつける」)です。モバイルアプリが使える患者なら、Barun(2024)のRCTが示したようにプッシュ通知機能を持つアプリが有効な選択肢になります。「見える化」によって進捗が確認できることが、次の行動への動機を維持すると考えられています。
動機付け面接(MI)の4つの基本スキル
Jamil(2021)の研究が示した「動機付け面接を加えた理学療法」の優位性は、技法の複雑さにあるのではなく、患者の変わりたい理由を患者自身に語らせるというシンプルな原則にあります。動機付け面接は専門的なトレーニングを必要としますが、そのエッセンスは外来の日常的な声かけに組み込めます。
MIの4つの基本スキルはOARSと呼ばれます。O(Open-ended questions:開かれた質問)——「今週の自主トレはどうでしたか?」ではなく「今週できた日はどんな日でしたか?」のように、患者が自分で語る余地を広げます。A(Affirmations:是認)——「先週より1回多くできましたね、それは本当のことです」のように、患者の努力や強みを具体的に認めます。R(Reflective listening:反映)——「続けようとしているけれど、仕事が忙しいと難しいということですね」と患者の言葉を言い換えて返すことで、理解を示します。S(Summarizing:要約)——セッションの終わりに「今日は○○が続けにくかったこと、でも△△の日はできたこと、来週は□□でやってみることを話しましたね」とまとめます。
OARSの核心は「患者の変わりたい理由(チェンジトーク)」を引き出し、それをセラピストが反映・強化することです。「自主トレを続けられたら、生活でどんないいことがありますか?」という問いへの答えが「孫と公園で遊べるようになる」であれば、それが最強の内的動機になります。セラピストが「続けなさい」と言い続けるより、患者自身が「孫のために続けたい」と言う状況を作ることが、長期的な継続を支える基盤です。
エビデンスレビュー——実在論文6本を1本ずつ読む
ここからが本記事の中核です。バリア分析→自己効力感モデル→動機付け面接→行動変容技法→テクノロジー活用という流れで6本を並べました。すべてPubMedで書誌情報を確認済みです(記事末尾に出典リンクあり)。
論文1:Petrosyan 2024(J Back Musculoskelet Rehabil)——「時間と疼痛」が最大バリア
何を調べたか。慢性または亜急性の筋骨格痛を持つ成人を対象に、ホームエクササイズプログラムへのアドヒアランスと、それを規定するバリア・促進因子を横断的に調査した研究です。自記式アンケートを用い、アドヒアランスの水準と関連要因の構造を分析しました。
何が分かったか。バリアとして最も頻繁に報告されたのは「時間の不足」と「疼痛(運動中の痛み)」であり、次いで「モチベーションの低下」「忘れる」「運動の難しさへの不安」が挙げられました。促進因子としては「健康の改善への動機」「治療者との信頼関係」「進捗の実感」が上位でした。さらに、アドヒアランスが低い群では疼痛を「危険のサイン」と解釈する傾向が強かったことが示唆されており、疼痛教育がバリア軽減に寄与しうることが示されています。
臨床でどう使うか。この研究は処方前の「バリア聴取」を習慣化する根拠を提供します。「以前に自主トレを続けようとして難しかったことはありますか?」という一問が、個々の患者のバリアを事前に特定するスクリーニングとして機能します。疼痛がバリアになっている患者には、「この種目で感じる軽い不快感は回復の過程で起こりうること」「鋭い痛みや翌朝残るような痛みとは区別する」というフレームの共有が先決です。「痛かったら止めてください」という曖昧な指示は、運動恐怖を高める可能性があることも、この研究の示唆から導けます。
論文2:Chester 2023(Musculoskelet Sci Pract)——行動変容技法は「目標設定と自己モニタリング」が鍵
何を調べたか。筋骨格系疾患で理学療法を受ける患者を対象に、自己管理とホームエクササイズのアドヒアランスを促進するための行動変容技法(BCT)について、文献マッピングを含むスコーピングレビューを実施した研究です。使用された介入内容を整理し、エビデンスの空白を明らかにすることを目的としています。
何が分かったか。レビューの結果、目標設定(goal setting)と自己モニタリング(self-monitoring)が最も広く用いられ、アドヒアランスの改善に関連することが示唆されました。また、実施意図(implementation intention)の形式——「もし○○のときは△△をする」というif-thenプランニング——も有効であることが示されています。一方で、どのBCTがどのような患者群に最も有効かを示す個別化されたエビデンスは不十分であり、さらなる研究が必要だと著者らは指摘しています。レビューはまた、理学療法士がBCTをルーティンの実践に統合するための訓練と環境整備の重要性も強調しました。
臨床でどう使うか。この研究の最大の実務的含意は、「声かけだけに頼らない」ことです。目標設定は口頭で済ませるのではなく、紙に書いて患者に持たせることで自己モニタリングの基盤を作ります。「今週は火・木・土の朝食後にスクワット10回」という形式の処方用紙が、BCTの観点で設計された最小限のツールです。次回来院時に「書いたものを持ってきてください」と伝えると、記録自体がモニタリングの実践になります。BCTは複雑な心理介入ではなく、日常の処方に「構造を加える」ことで実装できます。
論文3:Picha 2018(Musculoskelet Care)——自己効力感別の処方モデル
何を調べたか。ホームエクササイズプログラムへのアドヒアランスを「自己効力感の高低」という軸で捉え直し、自己効力感の水準に応じた異なる介入アプローチを提示したナラティブレビューおよびモデル提案論文です。
何が分かったか。Picha(2018)のモデルは、自己効力感を軸に患者を4象限に分類します。自己効力感が高い患者は目標設定の精緻化と漸増的な負荷設定で継続率を維持できる一方、自己効力感が低い患者には「小さな成功体験の積み上げ」が先行しなければ、どれほど優れた運動処方も機能しないことが示唆されています。また、自己効力感は固定的ではなく、セラピストの声かけによって高めることができる可変的な構成概念であることが強調されています。「できましたね」というフィードバックが、単なる励ましではなく自己効力感を育てる治療的介入として機能するという観点は、臨床の視野を広げます。
臨床でどう使うか。このモデルの実装として、コンフィデンス・ルーラー(「0〜10で今週これをやれる自信は?」)を処方の前後に使うことを推奨します。スコアが7未満であれば、処方量を半分以下に絞り「小さくて絶対に続けられる量」から再出発します。「これだけ少ないと意味がないのでは」と患者が感じるようなら、「少ない量を確実に続けることの方が、多い量を途中でやめるよりずっと効果がある」という科学的根拠を共有します。
論文4:Jamil 2021(JPMA)——動機付け面接の追加で遵守率・疼痛・機能が改善
何を調べたか。慢性筋骨格疾患を持つ患者に対して、通常の理学療法単独と、動機付け面接(MI)を加えた理学療法の効果を比較した準実験的研究です。VAS(視覚的アナログスケール)による疼痛評価、機能的アウトカム、運動遵守率を主要指標として測定しました。
何が分かったか。MI追加群は通常PT群と比較して、運動遵守率・VASスコア・機能的アウトカムのすべてにおいて有意な改善を示しました。MIセッションでは、変わりたい理由を患者自身が言語化し、セラピストがそれを反映・強化するプロセスが中心です。著者らは、MIによって患者の内的動機が高まることが継続率向上の主要なメカニズムであると示唆しています。
臨床でどう使うか。この研究は「声かけの内容」より「声かけの方向性」の重要性を示しています。「なぜ続かなかったか」という問いより「どんなときなら続けられそうか」という問いが、内的動機を引き出す方向に機能します。毎回の来院で1〜2分のMI的対話(「今週できた日はどんな日でしたか?」「自主トレを続けられたら生活でどう変わりそうですか?」)を習慣化するだけで、患者の継続率に変化が生まれる可能性が示唆されています。なお本研究は準実験的デザインであり、ランダム化比較試験ではない点に留意が必要です。
論文5:McGrane 2015(Physiotherapy)——動機付け介入の効果は「対面セッション出席」には中等度の根拠、HEP長期遵守は限定的
何を調べたか。運動および通常の理学療法への動機付け介入の追加効果を検討したシステマティックレビューおよびメタ分析です。対面セッションへの出席(attendance)とホームエクササイズへの遵守(adherence)を別々の指標として分析した点が特徴的です。
何が分かったか。5つの適格研究から、動機付け認知行動プログラムは対面の運動セッションへの出席率を改善することを示す中等度のエビデンスが得られました。しかし長期的なホームエクササイズへの遵守改善については強力なエビデンスがなく、遵守向上戦略は長期HEP遵守に効果的ではないという強いエビデンスが存在すると著者らは結論しています。この「対面出席には効果あり・在宅継続には効果が限定的」という非対称な結果は、アドヒアランス研究の重要な示唆の一つです。
臨床でどう使うか。この研究の示すメッセージは「動機付け介入には限界がある」という謙虚な認識です。患者の在宅での継続は、セラピストの声かけだけでは解決できない環境要因・習慣要因が大きく作用します。対面でできる動機付けは「通院継続」には有効ですが、在宅での自律的な継続は、BCT(目標設定・自己モニタリング・実施意図)やテクノロジー(アプリ・リマインダー)との組み合わせが現実的な対策です。「声かけで全部解決しようとしない」という現実的な設計の重要性を、この研究は示しています。
論文6:Barun 2024(Diagnostics)——モバイルアプリのプッシュ通知がHEP遵守率を有意に向上させた
何を調べたか。鞭打ち損傷(whiplash injury)後にホームエクササイズプログラムを処方された患者を対象に、モバイルアプリを用いた介入の効果を検討したランダム化比較試験(RCT)です。介入群はアプリからのプッシュ通知(毎日1回のリマインダー)を受け取り、通常の指導のみの対照群と遵守率を比較しました。
何が分かったか。介入群は対照群と比較して、ホームエクササイズプログラムへの遵守率が有意に高いことが報告されています。プッシュ通知というシンプルな技術的介入が、「忘れる」という最も単純なバリアを効果的に軽減できることが示唆されました。また介入群では疼痛および機能的アウトカムでも改善が見られた(ただし群間差の詳細は論文参照)。著者らは、モバイルアプリを理学療法の補助ツールとして積極的に活用する根拠を示したと述べています。
臨床でどう使うか。「忘れる」は最も頻度の高いバリアの一つです(Petrosyan 2024)。スマートフォンが使える患者には、アラーム設定のサポートを処方に含めることが実装可能な選択肢として示唆されます。「毎朝7時にアラームをかけて、そのときにやってみてください」という一言で、リマインダー機能を最低限実装できます。専用アプリへの投資が難しい環境でも、標準の時計アプリのアラームが同様の機能を担いうることは、コスト面でのバリアを下げます。ただしすべての患者にテクノロジー活用が適しているわけではなく、個別のデジタルリテラシーと好みに応じた選択が重要です。
やってはいけない声かけと処方の罠——善意が裏目に出るパターン
アドヒアランスを高めようとするセラピストが、意図せずアドヒアランスを下げている——このパターンを知ることも、同様に重要です。
罠1:「毎日やってください」という処方。毎日を要求することは、1日でも休んだ瞬間に患者が「失敗した」という感覚を持つリスクがあります。1日の失敗が「もういいや」という諦めにつながることは、行動変容研究で「アブスティネンス・バイオレーション・エフェクト」として知られています。週3回のように頻度を具体化し、「3日に1日は休んでいい」という許可を与える設計の方が、長期的な継続率を支えると考えられています。
罠2:一度に多くの種目を出す処方。「念のため8種目出しておこう」という発想は患者の認知負荷を上げ、完遂率を下げます。「全部終わらないと意味がない」と患者が感じる場合、最初から諦めて始めないという行動パターンが生じます。「最優先の1〜2種目」を決め、それだけでも十分であることを明示する処方設計が、遵守率を実質的に高めます。
罠3:「できなかったのはなぜですか」という問い詰め。この質問は患者に恥・罪悪感・言い訳の必要性を生じさせます。恥を感じた患者は次回から「できなかった」ことを隠すようになり、セラピストは現実を把握できなくなります。代わりに「今週できた日はありましたか?」「今週で一番うまくいった日はどんな感じでしたか?」という開かれた質問がアドヒアランスの情報を正直に引き出す声かけとして機能します。
罠4:疼痛管理の指示が曖昧なまま処方する。「痛かったら止めてください」という指示は、あいまいさゆえに患者を運動恐怖(kinesiophobia)に向かわせる可能性があります。どの程度の不快感は「正常な反応」で、どの程度の痛みは「止めるサイン」かを事前に具体的に説明することが、疼痛バリアの先手を打つ処方です。「翌朝残らない程度の筋肉疲労感は回復のサイン」「関節に刺さるような鋭い痛みや翌日以降も残る痛みは報告して」という基準の共有が一例です。
罠5:フォローアップをしない。「来週また見ます」で終わる指示は、成果を確認する仕組みがないため患者にとっての「継続する理由」が弱くなります。次回来院時に「前回の自主トレの確認から始めましょう」という習慣をセラピスト側のルーティンにすることが、患者側の「次回報告する」という動機を生みます。
限界と注意点——この知見で「言えないこと」
誠実な活用のために、現時点のエビデンスの限界を明確にしておきます。
- 本記事の論文の多くはRCTではない。Petrosyan(2024)は横断的研究、Chester(2023)はスコーピングレビュー、Picha(2018)はナラティブレビュー・モデル提案です。因果関係の推定ではなく、関連の示唆として読む必要があります。Jamil(2021)は準実験的デザインであり、ランダム化によるバイアスコントロールが不十分です。
- 日本の臨床環境での検証はほぼ存在しない。6本はいずれも英語環境の研究です。日本の療法士の働き方、外来時間の制約、患者の文化的背景(「言われたことを守ろうとする」コンプライアンス志向)への外挿は慎重であるべきです。
- 動機付け面接は短期訓練で完全には習得できない。MIは専門的なトレーニングと継続的な実践を要する技法であり、本記事が示すOARSのエッセンスは入口に過ぎません。「MIをかじった」状態での実施は、適切に実施した場合と効果が大きく異なる可能性があります。
- 長期アドヒアランスへの効果は依然として限定的。McGrane(2015)のメタ分析が示したとおり、いかなる介入も長期的なホームエクササイズの遵守を確実に維持させる「魔法」にはならないことが示唆されています。短期的な改善が長期的な継続に結びつくかどうかは、個人差と環境要因に大きく左右されます。
- アプリ介入の効果は特定のデバイス・プラットフォームに依存する。Barun(2024)のRCTは特定の条件下のRCTであり、すべてのモバイルアプリ介入が同様の効果を持つとは言えません。患者のデジタルリテラシー・スマートフォン所持・アプリの使いやすさによって効果は大きく異なると考えられます。
- 本記事で紹介したアプローチが合わない患者層は存在する。認知機能の低下した患者、デジタルデバイスに不慣れな高齢患者、重度の精神心理的問題を持つ患者などでは、標準的なアドヒアランス向上戦略が有効に機能しない場合があります。個別評価が前提であり、本記事の提案は「多くの患者に試してみる価値のある方略」として読むことが適切です。
まとめ——「続けさせる」から「続けたいと思える設計」へ
本記事の要点を4点に圧縮します。
- 非遵守率50〜70%は「患者の問題」ではなく「設計の問題」:処方技術と声かけ技術の両方を処方の一部として捉えることが、アドヒアランス向上の出発点です(Petrosyan 2024)。
- 自己効力感に応じて処方量を変える:低い場合は1種目・1分から始め、「できた」の積み上げで自己効力感を育てます。コンフィデンス・ルーラー(0〜10スケール)が即席の評価ツールとして使えます(Picha 2018)。
- BCTで「継続の仕組み」を処方に組み込む:目標設定・実施意図・自己モニタリングの3点を紙に書いて患者に持たせることが、声かけだけに依存しないアドヒアランス向上策です(Chester 2023)。
- MIの声かけとテクノロジーでフォローアップを支える:「できた日はどんな日?」という問い・プッシュ通知リマインダー・次回来院時の確認習慣が、継続を外側から支える構造として機能します(Jamil 2021・Barun 2024)。
自主トレが続かない問題に「患者の責任」として向き合うと、セラピストは毎回同じ言葉を繰り返すだけになります。「処方の設計の問題」として向き合うと、バリアを聞き、量を絞り、実施意図を書かせ、アラームをかけ、次回に確認するという「構造を持った処方」が生まれます。その積み重ねが、外来の臨床技術の質を変えていきます。
よくある質問
「自己効力感が低い」かどうかはどうやって見分ければいいですか?
最も手軽なスクリーニングはコンフィデンス・ルーラーです。「0が全くできる自信がない、10が完全に自信がある、今週これをやれる自信は何点ですか?」と聞き、7以下であれば低自己効力感のサインとして処方量を見直します。また「以前にも自主トレを続けようとして難しかった経験はありますか?」という一問が既往のアドヒアランス失敗歴を明らかにし、低自己効力感のリスクをスクリーニングする補助になります。患者の口癖として「どうせ私には無理」「続いたためしがない」という発言が出れば、それも重要なサインです。
動機付け面接(MI)を使うには専門的な訓練が必要ですか?
正式なMIは専門訓練を要しますが、エッセンスを日常の声かけに組み込むことは今日から始められます。具体的には「開かれた質問を一つ増やす(「自主トレを続けられたら生活でどう変わりそうですか?」)」「できたことを具体的に認める(「先週より1回多くできましたね、それは事実として重要です」)」「問い詰めではなく一緒に原因を探る(「何が難しかったか一緒に考えましょう」)」の3点から始めるのが実務的です。本格的なMI習得に興味があれば、日本動機づけ面接学会(JAMI)のワークショップが入口として活用できます。
自主トレをほとんどやっていない患者に、毎回どう向き合えばいいですか?
「やってこなかった」ことへの着目より「なぜやれなかったのか」のバリア探しにシフトします。実際的なプロセスは次のとおりです。まず「今週は難しかったですね」と事実を穏やかに認め(判断・批判なし)、次に「今週、特に何が邪魔になりましたか?」とバリアを開かれた質問で探ります。バリアが「時間」なら1回30秒の処方に変え、「忘れる」なら処方箋の一部にアラーム設定の指示を加え、「痛くなった」なら疼痛の解釈を共有し直します。「毎回やってこない患者」は、処方が患者の現実と合っていないサインです。処方を患者の生活に合わせる柔軟さが、最終的には継続率を高めます。
出典(すべてPubMedで確認済み)
- Petrosyan H, Alhaija TA, Haddad R, et al. Barriers and factors associated with adherence to a home exercise program of adults with musculoskeletal pain. Journal of Back and Musculoskeletal Rehabilitation. 2024;37(2):473-485. DOI: 10.3233/BMR-230178(PubMed: 38108342)
- Chester R, Khondoker M, Shepstone L, et al. Behaviour change techniques to promote self-management and home exercise adherence for people attending physiotherapy with musculoskeletal conditions: a scoping review and mapping exercise. Musculoskeletal Science & Practice. 2023;66:102776. DOI: 10.1016/j.msksp.2023.102776(PubMed: 37301059)
- Picha KJ, Howell DM. A model to increase rehabilitation adherence to home exercise programmes in patients with varying levels of self-efficacy. Musculoskeletal Care. 2018;16(1):233-237. DOI: 10.1002/msc.1194(PubMed: 28401666)
- Jamil A, Shakil-ur-Rehman S, Sibtain F. Effects of motivational interviewing with conventional physical therapy on rehabilitation of chronic musculoskeletal disorders: a quasi-experimental study. JPMA. The Journal of the Pakistan Medical Association. 2021;71(4):1123-1127. DOI: 10.47391/JPMA.873(PubMed: 34125755)
- McGrane N, Galvin R, Cusack T, Stokes E. Addition of motivational interventions to exercise and traditional physiotherapy: a review and meta-analysis. Physiotherapy. 2015;101(1):1-12. DOI: 10.1016/j.physio.2014.04.009(PubMed: 25239472)
- Barun B, Karagulle M, Akyuz G, et al. Mobile app intervention increases adherence to home exercise program after whiplash injury—a randomized controlled trial (RCT). Diagnostics (Basel). 2024;14(23):2729. DOI: 10.3390/diagnostics14232729(PubMed: 39682637)
※本記事は医療従事者向けの教育・情報提供を目的としたもので、特定の治療法の推奨や治療効果を保証するものではありません。臨床での実施にあたっては、各患者の状態・職場の環境・関連法規にもとづく各自の判断のもとで行ってください。
